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新約聖書ヤコブの手紙2章1~4節からメッセージをお伝えさせていただきます。
私の兄弟たち。あなたがたは私たちの栄光の主イエス・キリストを信じる信仰を持っているのですから、人をえこひいきしてはいけません。あなたがたの会堂に、金の指輪をはめ、りっぱな服装をした人がはいって来、またみすぼらしい服装をした貧しい人がはいって来たとします。あなたがたが、りっぱな服装をした人に目を留めて、「あなたは、こちらの良い席におすわりなさい。」と言い、貧しい人には、「あなたは、そこで立っていなさい。でなければ、私の足もとにすわりなさい。」と言うとすれば、あなたがたは、自分たちの間で差別を設け、悪い考え方で人をさばく者になったのではありませんか。」(ヤコブの手紙2章1~4節)
1節でパウロは、教会の兄弟たちに向かって、「あなたがたは、人を差別してはいけない。あなたがたは栄光の主イエス・キリストを信じているのですから。」と語りました。
心が神から離れた人々は富を崇拝しています。それは金が人を幸せにすると信じているからです。
それで、彼らは金持ちを崇拝し、羨み(うらやみ)、尊敬します。彼らは金持ちと親しくなれば金のおこぼれにあずかれると思っています。彼らは金を神にしているので、彼らの目には、金持ちが、金という神に最も祝福された幸せな人々に見えるのです。
これは悪魔から出てきた宗教であり、最も根強い偶像礼拝です。私たちの全ては、この偶像礼拝の世界の中に生まれ、育てられ、教育されてきました。そのために、私たちの心の中に、この拝金主義が染みついているのです。ですから、よほど注意をしないと、この拝金主義が教会の中にまで入り込んできます。
学歴信仰も強力です。高学歴、高収入の男性は、この世の女性の理想的結婚相手です。このような考えを完全に悪として断罪しなければ、教会の中にすぐにこの悪いパン種が入り込み、全体を腐敗させます。このようなものが教会内に存在することを、決して許してはなりません。
社会的に高い地位についている人、有名な会社の経営者、エリートと呼ばれる階層の人々が高級車に乗って教会に来たとき、教会はそのような人々を歓迎しないでしょうか。その反対に、みすぼらしい姿の、名のない人々が来たとき、教会は歓迎するでしょうか。世俗化された教会は、決してそのような人々を歓迎しないでしょう。忠実に福音(ふくいん)を語っている教会は、どのような人でも、たましいの救いを求めて来た人を全て、差別なしに歓迎します。
4節の「あなたがたは、自分たちの間で差別を設け、悪い考え方で人をさばく者になったのではありませんか。」は、日本語聖書のもととなったギリシャ語新約聖書では、『あなたがたは、自分の(心の)中で(神に)言い逆らっており、悪い考えの裁判官になっているのではないですか。』と記されています。〈(神に)言い逆らっており〉の原語は、「①分離する、判別する、差別をつける②判定する、さばく③(中態とアオリスト受動態の場合)判断が分かれて心が定まらない、疑う、ためらう、言い逆らう」を意味しています。
その語は、この聖句の中では受動態ですので、その意味として『言い逆らう』を選ばなければなりません。私たちが、もし人をこのように差別するならば、確かに心の中で聖霊に逆らうことになります。
今日も、日本で、世界中で小さないのちが守られますように!
ひとりとして、一匹として苦しい思いをすることがありませんように。
世界で人権を失われ、滅ぼされる人々が、敵から守られますように。
子どもの誘拐と売買の禁止と救出作戦が世界で広がるように!
ロシアとウクライナの戦争が早く終わるように。
新たな危険なウイルス感染が、日本で広がらないように!
日本と世界のクリスチャンが、悪魔からの嘘や惑わし、霊的攻撃から守られるように。
クリスチャンが世の光として輝けるように。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。