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標記のことについて聖書からメッセージをさせていただきます。
旧約聖書ハバクク書から
そのとき、いちじくの木は花を咲かせず、
ぶとうの木は実をみのらせず、
オリーブの木も実りがなく、
畑は食物を出さない。
羊は囲いから絶え、
牛は牛舎にいなくなる。
しかし、私は主にあって喜び勇み。
私の救いの神にあって喜ぼう。
私の主、神は、私の力。
私の足を雌鹿のようにし、
私に高い所を歩ませる。
指揮者のために。弦楽器に合わせて。
(旧約聖書ハバクク書第3章17~19節)
イエス様がくださる平安は、嵐の中でもゆるがない平安です。一般の人は、財産があれば幸福、健康なら幸福、商売繁盛家内安全であるならば幸福と、順風満帆、人生に嵐がない時には幸福だと考えます。しかし、一度嵐に見舞われて、それらを失なった時、不安と絶望の底に沈んでしまうのではないでしょうか。それなら初めの幸福は真の幸福ではありません。
真の幸福は、突然に消えてしまう喜びや、持ち物にあるのではなく、神からいただく祝福さいわいで、永遠に変わることがありません。イエス・キリストがこの「さいわい」の源泉だからです。
今、逆境の中で苦しんでいらっしゃる方は、絶望しないで、悲しみを「さいわい」に変えてくださるイエス・キリストを信じてください。また、自分は幸福だと思っていらっしゃる方も、その幸福は一瞬の間に消えてゆくはかないものに過ぎないことを知って、不変の神が与えてくださる「さいわい」をお求めになってください。
イエス・キリストを信じていらっしゃる方は、イエス様の贖い(あがない)を通していただいている神からの祝福がどんなに素晴らしいかをもう一度思い起こして、主に心からの感謝と讚美をささげることが出来ますように。
『わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。』(新約聖書ヨハネの福音書第14章27節)
弟子たちの心は動揺し、怖じけていました。それで、「お前たちは心をかき乱されてはならない。神を信じ続け、そしてわたしを信じ続けよ」の締めくくりとして、主イエスは世を去る前に弟子たちに平安を残しておくことを約束されました。
「わたしの平安」とは、キリストが与えてくださる特別な平安です。それは、キリストの血による完全なる罪の赦し(ゆるし)と、助け主であられる聖霊の御臨在であり、また主イエス・キリストの再臨の希望です。
『キリストのことばを、あなたがたのうちに豊かに住まわせ、知恵を尽くして互いに教え、互いに戒め、詩と賛美と霊の歌とにより、感謝にあふれて心から神に向かって歌いなさい。』(新約聖書コロサイ人への手紙第3章16節)
ここで「豊かに」と語られているのは、「豊かに、気前よく、惜しげもなく」を意味しています。私たちはキリストが語られた多くの命令を心の中に覚えておき、いつでもそれを実行できる備えをしているべきであるということを意味しています。
今日も日本で世界中で小さないのちが守られますように!
ひとりとして、一匹として苦しい思いをすることがありませんように。
ご覧いただき、誠にありがとうございました!