今日も新しいいのちをくださった父なる神さまの憐れみと恵みを覚えて感謝します。
御子イエスさまの十字架の死と3日目のよみがえりのみわざを誉め称え心から感謝します。
みなさまお元気ですか?暑中お見舞い申し上げます!私は最近よくトマトジュースを頂きます。
トマトは暑い身体を冷やしてくれます。
私をキリスト信仰へと導いた人物は公立高校3年間のクラスメートでした。私の在学していた学校はクラス替えが3年間ありませんでした。彼は鹿児島県種子島出身で朝から登校すると缶のトマトジュースを飲んでいました。彼も実はクリスチャンになって間がなかった人物なのですが、あれよあれよと瞬く間に信仰が成長し、牧師ではないにもかかわらず、日曜の礼拝で聖書を使って説教するまでになっていました。私は彼の御霊に溢れて語る聖書のメッセージが大好きでした。特にイエスさまが登場されるスカルの井戸の女の話やザアカイの話、放蕩息子のたとえ話は洞察力も素晴らしく楽しみで今でもよく覚えています。
今では会うこともない2人ですが、私の信仰の原点と青春に彩りを与えてくれた人物です。
クリスチャンは死ぬまで罪と戦わなければなりません。しかし、実際に罪と戦ってくださるのは聖霊です。私たちが自分で戦おうとすれば敗北します。ですから、私たちはこの世にいる限り聖霊に依り頼んで歩まなければなりません。肉体的に死ぬか、キリストの空中再臨の時に栄光のからだに変えられるかのいずれかの時まで私たちは罪を宿しているからだで生きなければならないのです。
しかし、聖書には『死んでしまった者は、罪から解放されているのです。』(ローマ書6章7節)とあります。「死んだ者は、罪から義とされているのです。」もちろんこれはキリスト信者について語られていることです。不信者とは無関係です。
このみことばは私たちの立場について語っているのであって、次のことを意味しているのです。
キリストとともに十字架の上で私たちは死んだのです。そして私たちはキリストとともによみがえらされ、今、神の御前に、全く罪とは関係のない者として、キリストという立場にあって、神の御前に立つことが許されているのです。
私たちは神の栄光のために生きるのです。
今日も小さないのちが守られますように!
ご覧いただき、ありがとうございます!
みなさま、すてきな夏をお過ごしください。