みなさま、たくさんのフォロー、いいね!、コメント及びメッセージをありがとうございます!
今日も新しい朝新しいいのちを与えてくださった父なる神様の憐れみと恵みに感謝します。
標記のことについて聖書からメッセージをさせていただきます。
「人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっている。」(ヘブル人への手紙第9章27節)
聖書は「神は愛です。」と語っています。ではどうして愛の神が人間を地獄にやるのでしょうか。
たしかに、神は愛です。しかし、神は同時に義であり、聖であられます。罪は、神の義に対する反抗です。その罪を神は見逃すことはできません。もし神が罪をおさばきにならないならば、神はもはや義なる神ではなくなり、また神ご自身に対する反抗を許されるならば、もはや神は絶対者ではなくなります。すなわち、神は絶対に罪をさばかなければならない御方です。ですから、「神は、お立てになったひとりの人により義をもってこの世界をさばくため、日を決めておられる。」(新約聖書、使徒の働き第17章31節)また、「不義をもって真理をはばんでいる人々のあらゆる不敬虔と不正に対して、神の怒りが天から啓示されている。」(ローマ人への手紙第1章18節)と聖書に記されています。
神の怒りや地獄について語ることは、人に恐怖を与えることになるので、福音伝道にはふさわしくないのでしょうか。
では、最も福音の伝道にふさわしくない伝道をした人は、使徒パウロであることになります。パウロほど神の怒りとさばきについて語った者は他にありません。彼はローマ人への手紙で、「あなたは、かたくなさと悔い改めのない心のゆえに、御怒りの日、すなわち、神の正しいさばきの現われる日の御怒りを自分のために積み上げているのです。」(ローマ第2章5節)と、また、エペソ人への手紙では、人はすべて「生まれながら御怒りを受けるべき子ら」(エペソ第2章3節)であると語っています。さらに、黙示録の中で聖霊は、「子羊の怒り」、「御怒りの日」、「神の怒り」、「神の激しい怒り」ということばで、神がこの世の罪を激しい怒りをもっておさばきになることを預言しておられます。(黙示録第6章16節、第11章18節、第14章8節、10節、19節、第15章1節、7節、第19章15節)
神の怒りについて語らない説教者は本当の福音伝道者ではありません。
追記、*みなさま、どうかだまされないでください。社会に大きくはびこるエホバの証人、統一教会などのいわゆるキリスト教の異端の特徴の一つに地獄の存在について信じていないことがあります。彼らは聖書の真理を自分たちの都合のいいように曲解し、地獄についても語りたがりません。
今日も日本で、世界中で小さないのちが守られますように!
ひとりとして、一匹として苦しい思いをすることがありませんように。
ご覧いただき、誠にありがとうございました。