イギリス孤児の父ジョージ・ミュラーと聖書知識協会の働き | ☆愛がいちばん!ネアカ椋田☆寅吉の本日完売ブログ☆(悲しんでいるようでもいつも喜んでいる人のブログ)☆

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新しい朝、新しいいのちをくださった、父なる神さまの憐れみと恵みに感謝します。

救い主・御子イエスさまの十字架の死とよみがえりの御業を誉め称え感謝します。



神は・・・地を何もない上に掛けられる。(ヨブ記26章7節)



神様だけに頼る生き方とは、最も確かな生き方であります!

神様だけに信頼して祈ることにより、神様の全知全能の力を知り、神様だけに頼り、神と人とに仕え、神の栄光を現して生きるようになる。


ジョージ・ミュラーの言葉

「目に見える何もないところからとは、人間的な後継者や寄贈や貯まったお金ではなく、ただ恵み深い主の完全な御心にすべてを委ねているところから始まる。見えない神にすがることは何もないところにすがることではなく、見えない方にすがることである。」


ジョージの神さまだけに頼る信仰は実践され、偉大な結果を残し、神様の栄光を世界に示しました。ジョージは64年間の働きで、孤児の家で1万人の孤児を養い、その1/3は信仰を持ち、世界に12万人が通った学校を作り、25万冊の聖書、150万冊の新約聖書、1億冊のトラクトを配り、63人の宣教師を送り、700人の宣教師を支え、10の教会を建てました。

また、ジョージが70~87歳までの17年間の伝道旅行で、42ヶ国を回り、5000~6000回メッセージ説教をし、300万人に語りました。彼の活動と証しによって、多くの人が救われ、日本を含め、世界中のクリスチャンが神様に信頼するしもべに変えられました。御霊が手本にするように示されるのは、その人自身や博愛事業ではなく、その人の信仰だ。生ける神が何千年の昔と少しも変わらずに、神の民の祈りを聞き、主に頼るものを助けられるということを証し、それによって神の栄光を現すことだと強調した。



マーク・レスターとジャック・ワイルド主演の「オリバー!」という映画をご存知でしょうか?1830年頃の英国に多くの孤児がいて、彼らはギャングとなり、刑務所は子どもで溢れ大きな社会問題となっていました。そのような時代にジョージは召されました。ジョージは幼い時から平気で嘘をつき、家のお金を盗み、14歳の頃には学校にも行かず、酒を飲み遊び歩くような少年でした。

しかし、ジョージはある時、友人が聖書の学びをする家庭集会に行き始め、ジョージも一緒に行くことになりました。そしてイエス様を自分の罪のための救い主と信じました。

そして、1834年に生涯の友ヘンリー・クレイクと聖書知識協会を始めました。この協会は、聖書が神様のことばであると信じ従うクリスチャンが、まだイエス様を信じていない世界中の人々に、聖書を用いて伝道することを応援する団体です。1867年パリ万博では13ヶ国語の聖書、聖書分冊を1.2万冊配り、16ヶ国語のトラクトを125万冊も配りました。神父や他宗教の人々も受け取ってくれました。何千人の方が救われました。

聖書知識協会58年間への献金合計金額は約937億円でした。この内で匿名献金者「キリストの愛に迫られて、宝を天に積みたいと願う主イエスの一人の僕」は、実はジョージで、献金の総額は約48.9億円(81,490ポンド)でした。聖書知識協会の働きはすべて献金で行われ、937億円ですが、1ポンド6万円の計算で、実際はもっと高いかもしれません。お金がなくて、保母たちの給料が2回ほど遅れたことがあったのですが、これだけのお金を神様だけに祈り与えられたのです。そして経済的な必要だけでなく、コレラ、天然痘、発疹チフスなどの伝染病から子どもを守り、水道ができるまでの日照りの被害、保母やスタッフの問題、ありとあらゆるサタンからの攻撃からも偉大な神様の奇跡と守りを見ることができました。


ある日、ジョージは町に溢れかえる孤児たちを何とか助けたいと思いました。彼は孤児院をすることが神様の御心だと確信したのでした。手元には13,000円しかないのに、これを基金として孤児院をしますから、助けてくださいと祈りました。三日後にジョージは神様に約6,000万円と必要な家具や服や保母を与えてくださいと祈りました。1週間もしないうちに給料はいらないので夫婦で働きたい人が来ました。献金や他の物も与えられ、40日後には6000万円になりました。保母やスタッフなどの働き人はジョージと一緒に孤児の家の必要のために祈りました。

ある時は、子どもたちが食卓についてもパンもミルクもありませんでした。でもジョージは神様に信頼して、食事の感謝の祈りを捧げると、ドアを叩くトラック運転手が「お願いです。雨でピクニックが中止になり、トラックいっぱいのパンとミルクをもらってください」

子どもたちは大喜び、神様に感謝して、焼き立てのパンを食べてミルクも飲みました。

1838年11月21日、保母の手には子どもたちの明日の食費が200円もありません。するとジョージが家に帰る途中で、ある兄弟に会うと、彼は子どもの必要のために60万円、孤児の家に30万円、聖書知識協会に30万円の献金を持ってきました。


孤児の家は父母のない子どもの心に喜びを与え、飢えている子どもに食べ物、衣服、安全に住む所など、毎日に必要なものを与え続けました。孤児の家の働きを通して、神が祈りを聞いてすべての必要を与えてくださり、神の栄光が現されました。

ジョージはアシュリータウンに新しい孤児の家を建て、300人の孤児の家になりました。この土地と建物の費用は約9億円でした。1870年に5棟が完成し、2000人の孤児が生活する頃には、1年間の必要だけで26.4億円でした。土地も建物も運営資金も神様は祈りだけで、すべての必要を備えてくださいました。



聖書から


『わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。』(エレミヤ書33章3節)


『彼らが苦しむ時には、いつも主も苦しみ、ご自身の使いが彼らを救った。その愛とあわれみによって主は彼らを贖い、昔からずっと、彼らを背負い、抱いて来られた。』(イザヤ書63章9節)



今日も小さないのちが守られますように!


ご覧いただき、ありがとうございました!

みなさまに、喜びと感謝、愛と希望と心の平安があふれますように!

すてきな土曜と日曜、そして6月をお過ごしください!