新しい朝新しい冒険 | ☆愛がいちばん!ネアカ椋田☆寅吉の本日完売ブログ☆(悲しんでいるようでもいつも喜んでいる人のブログ)☆

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新しい朝新しいいのちをくださった、真の神さまの憐れみと恵みをおぼえて感謝します。

新しい一日が訪れるごとに新しい冒険、信仰によって歩む機会が私たちに与えられている。神が恵み深く私たちを支えようとして下さることを私たちは感謝しなければならないのです。


朝は小鳥たちがいちばんに「神さまありがとう」と歌っています。雨が降っても庭には梅の花がまだ咲いています。心地よくすばらしい朝です。


能登半島被災地で被災者のみなさんがたいへんな中、世の中は相変わらず政治家による裏金問題が話題です。虚言を繰り返す政治家が多数。全知全能の神は見ておられます。死後に罪人には罪の裁きがあります。神が御自身の霊感によって人類に与えられた1600年の時間と66巻からなる書簡の集まり聖書。その聖書が天国が存在するのと同じように、「永遠の地獄」は必ず存在すると語っているのです。


「真実こそ、あらゆる美点の土台の石であり、これなしには何事も誠実、純粋、真正ではありえない。」(アーサーTピアソン博士)


政府と政治家と国民が、神さまを恐れ、不正を止め、憲法を正しく守り、国民の基本的人権といのちの尊厳が守られる国になるように!

この国に神さまを恐れるリーダーが立てられ、神の御心が行われるように!


聖書から

「信仰がなくては、神に喜ばれることはできない。なぜなら、神に来る者は、神のいますことと、ご自身を求める者に報いて下さることとを、必ず信じるはずだからである。(ヘブル人への手紙11章6節)


アダムの子孫として生まれた私たちは、どのような業をもってしても義なる神を喜ばせることは不可能です。私たちから出るもので神が喜ばれる唯一のものは、信仰だけです。

どのような人でも、真の信仰によって神さまをお喜ばせできるということです。

自然界はそれを創られた創造主のご存在を明確に証言しています。神ご自身が、ご自分のご存在を、ご自分が造られた被造物によって、すべての人にだれも反論できないほど明瞭に証しておられます。ですから聖書は、神の存在を認めることがすべての人の当然の義務であり、人はすでに神の存在を知っていると語っています。

聖書が語る神を信じる信仰とは、神の絶対的主権を認め、神を信頼し、その神を自分の神とするということを意味します。

神を礼拝するために神に近づく者は、先ず神が信仰者の信仰に応えてくださる方であられることを、すなわち神は神を信頼する者の信仰を喜んでくださる、ということを信じなければならないのです。

神を信じる者は決して辱しめられないという神の約束は、旧約の時代でも現在でも同じです。神は私たちの信仰を喜び、その信仰に応えてくださいます。



今日も小さないのちが守られますように!


ご覧いただき、ありがとうございました。

連休最終日、みなさま良い一日を!