子供達の日本語、英語、中国語、インドネシア語。

できればどれもきれいな発音で、

ナチュラルな文脈で話せるようになってほしいなーと思う。




それは、いつもそう思ってる。




だけど、それは完璧にそうなれなくてもいいんだってことを、インドネシアに住んでからはより強く思う。




やっぱり、最初のきっかけはオーストラリアで、

とにかく不十分すぎる英語しか話せない自分の言いたいことを伝えるには、

発音や文脈に気を使う余裕はない。

私だって意識したい。でもそれがあそこまで不可能な切羽詰まった日々は、なかなかないのかもしれないと、ある日ふと気づいて。




だけど私は、あの英語力で、

オージーばかりがお客さんのジャパレスで働いていたし、働けていた。




私は、海外に住みたい、住み続けたいと言いながら、言語の勉強が大嫌い。

ほんと、好きになれない 笑

必須だから頑張るけど、好きとは違う。





今、夫が隣で仕事の電話をしてる。

相手は、日本語と英語ができるインドネシア人。

流暢な日本語を話す。

だけど、もちろんネイティブレベルではない。

夫と彼の会話は、日本語とインドネシア語と英語が、面白いくらいに混ざってる。

何語にも変換できない、不安定な言語で会話をしてる。

たぶん、それぞれの言語しか分からない人が聞いたら、何を喋ってるか理解できないと思う。

でも彼らにとっては、これが最も深くコミュニケーションとれる言語なのは間違いないと思う。




私も似たような経験があって、

ケニアでアカウンタントをしてた時、

日本語と英語とスワヒリ語が話せる同僚がいて。

彼の日本語と、私の英語では、

彼の日本語の方がレベルが明らかに高かったから、基本は日本語で会話してくれてた。

でも彼は、ネイティブではない。

だから、完全に日本語だけで会話してると、100%伝わらなくて、誤解が生じて、

仕事のミスが出るようになって。

彼の日本語に甘えきってた自分をすごく反省したことがあって。

それからは、英語と日本語を混ぜて会話するようになった。そして、ミスコミュニケーションは明らかに減った。




そういう経験があって、きれいに会話することを目指すことを忘れてはいけないけど、

それより何より大切なことは、正しく伝えあうこと。

そこなんじゃないかなって、

夫の謎言語を聞いててふと、考えちゃった。