始めたばかりの頃は、一回も腹筋できなかったのに、

今でも決して得意とは言えないだろうジムクラスに、

土日とも通いたいという長女。




わからないもんだよねー。

しかも、クラスの半分くらいの時間は筋トレで終わるわりとキツいクラスなんだけど、

周りの人たちが上手なお兄さんお姉さんだから、

やっぱり刺激されるのかな。

平日だったら眠ってる時間に終わるクラスだし、

土曜日だけのつもりだったんだけど、

自分から『日曜日も出たい』なんて言われたら行かないわけにいかないよねー




まぁ、家では運動不足になりがちだからいいか。

土日とも子供の習い事で時間の拘束ができてしまうのを嫌がってるけど、嫌と言えない夫と 笑、

長女のやる気の狭間で、

困ったもんだわー。




最近、もう長女も小学生になって、

ちらほらと中学以降の進学についての話題を周りから聞くこともあって。

いろいろ考える。



私自身は、日本の教育自体に、大きな魅力を感じることができずにいるから、このまま海外で育てられる間は海外にいたいと思う。

欲をいえば、子供達がまだ幼い間にフランス、ドイツ、オランダあたりに住んでみたいなと考えているんだけど、それは夫の仕事の兼ね合いもあり、どうなるかは分からない。




だけど、日本にいる家族や友人の中には、海外で育てるデメリットを心配してくれることもよくあって。




まずはもちろん、日本語が十分に身につかないこと。これに関しては、確かに私も不安。家での勉強は日本語と英語とそれぞれの主要科目を2言語でやらせてはいるけど、漢字とか、そもそも目にすることが生活の中に少なすぎる。

最近は、私がいつも本を読んでるから、長女は一緒に本を読んでたりすることがあって、それからだんだん一人でも読むようになり。

長く続いてくれるといいけれど。



あとは、私が家では徹底的に日本語で子供達と会話すること。私は幸い、英語が瀕死の状態なので 笑、私と子供達の会話は日本語。

子供達同士はこれからオフラインが続くとおそらくどんどん英語になるかなと思う。

でもそこは、MIXしないようにって言うだけに留めてる。遊びに集中できないのも違う気がするし。




私の中で長いこと、悩んでいて、

答えが出ずにいたのは、アイデンティティのこと。




こればかりは、日本にどっぷりで生きてきて、

日本以外のアイデンティティのかけらもない私自身が自分について悩むことは絶対になく、

子供達がぶちあたるかもしれない壁と思っていて。




次女は、生まれは日本だけど、長女はケニアで生まれて、3年日本に住んで、そこからずっとインドネシアにいる。コロナで日本に住んだ期間が、これまた宙ぶらりんで、学校はずっとインドネシアのオンラインで受けていて、日本の学校へは行かず。

習い事に行っていただけ。



コミュニケーションは、日本語でも英語でも問題なくとれるけれど、幼稚園児のいとこが知ってる言葉を知らないこともあるし、インドネシアにあるインターなので、親は私たちみたいに英語圏の生まれでない人もたくさんいる。親のどちらかでも、英語圏の親をもつ子供は、話す英語が発音も語彙も全く違う。だから、帰国子女といっても、英語のレベルだけでいえば、英語圏のローカルスクールに通って、周りのクラスメイトはほぼ全員ネイティブの中で育つ子とは、大きな差があると思う。



ただ、インドネシアしか知らないのでインドネシアの場合で言えば、世界中のひとたちの生き方や慣習や文化の多様性を学ぶには最高の場所だと思う。

学校のホームルーム前には、プレイセッションの時間があって、ヒンドゥー、イスラム、クリスチャン、バディズムに分かれて祈るためのズームがある。全生徒に開放されていて、強制ではないけれど宗教を持たないからといって追い出されることはない。



学校にもお祈り専用の部屋がある。

制服も肌を見せないように作られたものと、

半袖、スカートのものと。




親が国際結婚なのも珍しくない。

お互いに全く違う文化を持つ親の元に生まれ、

その家庭で育ち、

学校では全然別の感覚の友達と時間を共にする。

常識は常識ではないし、

家庭で怒られることが、友達の家庭では逆にマナーとして大切にされていることもある。

世の中はこんなにも違うんだということを、

ここまで体感しながら育っていけることは、

心が育つはず。




そんな生活のなかで、いろんなことを日々見てるうちに、アイデンティティクライシスってなんだ?

と思うようになった。




日本は、島国で単一民族単一国家だから、

自分と違う人が少ない。

自分の常識は、相手の常識に当てはまりやすい。





だから、その『日本的感覚』を持たないことが、日本人として何かが不足してる感覚になるのではないか?と考えるようになった。




だって、一歩外に出てみたら、

国際結婚して全然自国とは違う、

似ても似つかない国に住んでる人はたくさんいて、

そんな両親に連れられて、国籍とは関係ない国に住んでる子供もたくさんいる。




自分達の意志とは関係なくても、

移民となる人たちだってたくさんいる。

私が思っていたより、世界は、

世界の人々は入り混じってるんだと思う。




この先、衰退を危惧されている日本の中でしっかりとした日本人として生きていけるようになるよりも、

日本から追い出されても、

どこへ行っても、生きていける力をつけるチャンスが今の生活には転がってると信じたい。




それは確信ではないし、

不安はたくさんある。

ここから先の未来には、たくさん不安がある。

だけど、子供達を通して見る世界は、

とても新しくて、新鮮で、毎日小さな感動と笑いが溢れてる。

同時に、不安も心配もなくなることはない。




だけど、きっとどこに住んでるかだけじゃない。

私と夫がどう子供達に接していくか。

家族の時間をどう過ごしていくか。

友達ともたくさんの時間を過ごして、

いろんなものが合わさってきっと答えがでるだろう。




まずは目の前の日々を、少しでも楽しいものに。

私は、朝起きるのが楽しみになるような朝ごはんを作る日々を目標に。




そして、私と夫が、

自分達の時間を大切に。

自分の人生を楽しもう。