ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー



を読み終えて、

そういえば子供達の学校はイギリスの影響を受けてるんだったと思い出した。




この移動生活の中で、

定住してるときに比べて、子供達の勉強をゆっくり見る時間がないので、

このままで大丈夫だろうかと少し心配してたんだけど。




アメリカに住む友達に聞いたら、アメリカには受験がないって。

イギリスにも受験はない。

そんでもって、今はフィンランドの教育についての本を読んでいるけど、フィンランドにも受験はない。





えー!そうなの?




受験をするのはむしろ少数派の国?





日本人と話してると、

私はやっぱり学歴って意味なくもないなって思ってて。




やはり、それなりのレベルの大学にはそれなりの人が集まるわけだから、会話の内容が必然的に変わるんだと思う。

興味のあることからの展開だったり、

単純に学ぶ内容だったり。




なので、やはり起業家にも高学歴の人は多いし、

駐在員にも高学歴の人は多い。




なんて表現したらいいのか分からないけど、

脳の使い方が上手な大人がやっぱり多いような気がする。





もちろん、学歴が無くてもすごい人、

学歴がすごくても人間的に終わってるなーって人もいる。

けど、学歴が無くて人間的にもなんだかなーって人もきっとたくさんいる。





だから、私はやっぱり、

勉強することで脳が、脳の使い方を練習して、

考えを展開させる練習をするから、

だから勉強ってそれなりに意味があると思った。





子供ってやっぱり、基本的に上昇志向を持っていると思うし、褒められると嬉しいのはいくつになってもそう。

ということは、何か優れてるものやことが自分の中にあるということがその人の喜びや幸せにも直結するんだと思う。




学生時代、厳しくて結果を残すハードな練習を毎日するような部活の子は、成績も良いってパターンがわりとあったように、脳をトレーニングすることは別のところでもすごく関連があるように思えてならなかった。




でもその全ては、もしかして、

日本的教育の中で、日本の中でしか通用しない常識みたいな感じで、

進学イコールいつかは受験っていうのが、

なんの疑問もなく思わされてたのかもしれない。




そう考えたら、なんか少し身軽になれた気がする。

日本人である以上、いつか日本に戻るかもしれないからやはりそれなりに情報のアップデートは常に必要だけど、




もう少しフラットに、

今の子供達に見せるべき世界は一体なんなのか。




体験させておくべきことはどんなことなのか。




母として、どういう距離感を持っていくのか、考えてみよ。