自分にできることを、できる範囲の中でやればいいんだと頭では分かっているけど、
それがなかなか悩ましいこの頃。
私は去年の10月に娘が学校で動物虐待や気候変動問題を学んできたことをきっかけに、
自分なりにいろいろ勉強中で、
お肉や乳製品をあまり摂らないようになった。
家庭用に調理前提のお肉を買うのは月に一回もないペースになり、今は夫も日本にいるけど一切買わなくなった。
それでも、日々の生活で家族に強制したくはないので、外食等ではみんなお肉なども食べてるし、私もなるべく魚を選ぶけど、選択肢がなかったり、その時の気分によってはお肉を食べる。
自分が忙しくて家族の食事を用意できない時ように、添加物山盛りのお惣菜も常備してある。
それでも、できるだけ、
プラントベースな食事に切り替えてきて、
卵も1ヶ月半に1度くらいのペースで平飼い卵の6個入りを買う程度で、以前の週一10個入りからかなり減らしてきた。
けど、まだ、サランラップも家にあるし、シリコンラップとの併用ではあるけど使っているし、ティッシュもウェットティッシュも常備。
シャンプー等もなるべく品質の良さそうなものを選ぶけれど、急いでいたらじっくり見ないで買ってる。
毎日毎日、びっくりするほどのプラごみがでる。ということは、プラに入れられた野菜や果物をたくさん買っている。
なぜ日本は、パック売りが主流なんだろう。
この週末、キャンプに行ったんだけど、
キャンプの仕方も、私の子供の頃のキャンプとはまるで違う。
私は子供の頃、夏場は何度もキャンプに連れてってもらったんだけど、キャンプ場に着いたら子供である私と姉の仕事は、落ちてる枝や葉っぱを集めてくること。
父は、テントをたてたら、母が小物を整理してる間に
大きめな石をどこからか拾ってきて、それを丸く囲って焚き火用のエリアを作る。
その囲いの中に、私たちが拾ってきた木を入れて、紙を間に詰めて火をつける。
炭だけは買ってたと思う。
そして、焚き火の日が安定したら、そこに網やら鉄板やらをのせて、肉や野菜を焼いたり、
飯盒で米を炊く。
冬のキャンプには行かなかったせいもあるけど、凝った料理はしない。
いつも、ただ焼くだけのシンプルなご飯だったけど、それが楽しかった。
石の形が違うから、鉄板が真っ直ぐにならなくて、しいた油が片方にしかのびなくて、半分はこげつきまくりの焼きそばとか。
バランスの悪さが、なんだかすごく楽しかった。
前日の雨で気がしけっていても、
父は焚き火を諦めずにとりあえずはいつもトライしてくれた気がする。
結果全然ダメな時だけ、ツーバーナーがでてくる。
今はあんまりみかけなくなったポンプ式のタイプ。あれを繰り返し押す父の姿がキャンプ〜!ってかんじだった。
昼間は、森を探検したり、
カヌーに乗った。
幼い私は、安定の悪そうな小舟なんて怖くて大嫌いだったけど 笑
夜は、焚き火に長細ーい枝を突っ込んで、先だけ燃やして、ペンライトと言って遊んだり、
星を眺めて星座の話をした。
そこには、常に、自然との共有があった。
ゴツゴツ石があって背中が痛くて眠れないと困るからと、母はキャンプ前はいつもスーパーで空の段ボールをもらって、テントの下に敷いた。
それでも寝心地がいいとは言えないテントで寝るのが、すごく楽しかった。
でも今の世の中で流行ってるキャンプはこういうことじゃない。
みんなオシャレなキャンプファッションに、オシャレなキャンプグッズを揃えて、オシャレなキャンプを楽しむ。
それは、決して悪くないし、実際私も楽しんだ。
すごくすごく子供達は喜んだ。
だけど、そういうオシャレなキャンプの居心地の良さが好きな自分と、
子供の頃のもっと自然体なキャンプに心躍らせていた自分と、
当たり前に肉も乳製品も添加物も口にしてた自分と、
動物虐待映像を直視できないし、自分で実行できないくせにスーパーに並べられたら平然と食べられる自分と、
子供達の未来のためにも、これからの自分のためにもこれではいけないと気づきはじめた自分と、
いろんな自分がぐちゃぐちゃしている。
だけど、私はもう少し、
自然と生きることを身近に感じて生きていく方にシフトしていこうと思う。
インドネシアでは、日本ではなかなか見かけない野菜や果物がいろいろあるので、それらをいろいろ美味しく食べるのも楽しみ。