子供達のタームブレイク、近場でちょこっと旅行に。
この半年間、一人だったけど、
次女も3歳後半、もうそんなに大変だと思ってなかったけど、
夫がいたらめちゃくちゃ楽だった。
やっぱり、大人が二人いるってすごいと、痛感する。
まぁ、隔離期間も明けて、出社することになるし、
タームブレイク明けはまたバタバタと忙しくなりそう。
ビザの再開はいつになるか分からないけど、できる限り、夫と同じタイミングで戻りたいので(ネシアのホテル隔離子供達と自分だけとか無理すぎる 笑)、夫のタイムリミットに合わせて準備はする。
ここからまた怒涛の日々。
荷物も最低限にしていたつもりだけど、
やはり1年間の生活で増えたものもあるから、コンテナに入れるものと、持っていくものを分けなきゃいけない。
健康診断と予防接種も。
歯医者なんかの病院系も済ませて。
子供達の家庭学習用教材も1年分準備しなきゃだし。
ジャカルタはまだまだ自宅にいる時間がほぼになりそうだから、そのための準備も。
1年間全く使うことのなかったインドネシア語をほぼ忘れた 笑
まぁ、そもそも1年前も買い物とレストランくらいしかダメだったから忘れてもたかが知れてるけど 笑
タームブレイクで、英語のメールやWAでのやりとりもなくなり、zoom授業を見返すこともなく、
どんどん英語からも離れていく。
いかに、強制的に英語を聞く環境が大切なのか、
よくわかる。
コロナ前は、子供達の授業は見ていないので、
たぶん当時の方がもっと英語を聞くこともなかったような?
でも、自分が使う英語は今よりあったはず。
忙しいと思えば、いくらでもやることなんて溢れる毎日の中で、私自身が英会話や英文法を勉強する時間をちゃんととることも大事だなと思って、
そこが悩みどころ。
子供達の学校が始まったら、午前中オンラインレッスンが妥当かなー
あんまり無理しても、余裕がなくなって、イライラして、家族にとって悪循環。
今、全く英語が分からないわけでもない。
でも、このままでいいわけがない。
正直、どこまでが自分の甘えで、
どこからがキャパオーバーなのか、わからん。
子供達の日本語フォローや、
学校の勉強のフォローに毎日2時間、
私も横に座ってやってるんだけど、
この時間を確保するのも本当にきつい。
でもこれは、私が率先してやらないと誰もやらないので、どんなに眠くても疲れてても、5時に起きる。
それなのに、子供達からは、
ワークやだー
とか
やらないとママが怒るから〜
とか
言われて、
地味に傷つく。ははは。
この前、松浦弥太郎さんの本で読んだけど、
心は成長しないんだって。
めちゃくちゃわかる!!!!!って思った。
38歳になっても、心のタイプは4歳の幼稚園が嫌で泣いてたあの頃と、大して変わってない。
はじめての人と、はじめての場所が苦手で、
うまく人と仲良くなるのが難しくて、
自分から話しかけるのが極端に臆病で、
そのくせ話しかけてもらえたら嬉しくて、
友達は浅く広くよりも、
狭くていいからどこまでも深く語りたい 笑
家ではふざけまくって、変顔しまくって、
へんなダンス踊って、
ヤバいことばっかりやってバカ笑いしてるけど、
外では見せない。
いや、見せられる仲になりたいのだけど、
その前のステップを踏んでいくのが下手 笑
日本以外の国に住む人たちは、
どんな生活をしてて、
どんなことを考えてるのか、
そこだけに興味があって、
海外に住みたいと思い続けて今があるけど、
自分自身は全く海外気質のかけらもなく、
シャイの塊で、
そこにコンプレックスしかない。
だから英語の上達も致命的。
でも、自分の直感だけで人生の方向性を決めてきたのも子供の頃から。
別に器用でもないし、
何かすごいことができるタイプでもなく、
大したことない。
そうなんだよね。
心は全然変わってない。
得意なことも苦手なことも、
幼稚園児の頃のままだなって思うことたくさんある。
だから、お母さんも、
頑張ってやってることを子供達に否定されると悲しいわ。
でも、帰国子女の友達が、
めーちゃんの今やってることは絶対に子供達に届く日がくるよ。当時は、嫌で文句言いながら日本語の勉強してて、泣いたりしてたけど、今はお母さんに本当に感謝してる。
って言ってくれて、それからは本当にこの言葉に救われている。
いつかいつか、娘たちが、
何かに悩んだ時、自分の心情を私にリアルに伝えられるほどの日本語力をもってほしい。
そして、同じことを英語で語れるようになるのが私自身の目標でもある。
海外で日本人として育てるのは、
思っていた以上にハードルがある。
でも決して後悔はない。
7歳と4歳で、これだけたくさんの国籍の友達と触れて、世界のいろんな価値観にふれて、
いろんな肌の色、宗教、目の色、髪の色。
彼女たちの普通は明らかに、
私の普通ともズレている。
けどそれは、人としては計り知れない財産だなと、私は自分の見てきた数少ない国の生活を通して思う。
そして、そういう道を常に切り開いていってくれる夫を心から尊敬。
中学生時代、カッコいいからっていう理由だけでバスケ部に入っていた人が 笑