前記事からのつづき。



この前、インドネシアのLCC、ライオンエアーの墜落事故があったんだよね。



前日の同機のフライト時に、
キャプテンと副操縦士の計器にズレがあるっていうトラブルがあって、
その時は無事に着陸できて、
そのままキャプテンはそれを報告して、
整備士が直したらしい。


で、その翌日、
離陸後15分で墜落して、全員亡くなってる。



離陸後、オートパイロットに切り替えて、普通はそのまま飛行するけど、
その時にオートパイロットが勝手に解除されてそのまま墜落。



でさ、過去にも飛行機の墜落事故はたくさんあるし、日本でもあるし、それは時に避けられないのかもしれない。



でも、インドネシアに1年住んで、
ケニアやオーストラリアや日本と比較して、
この事故、日本なら起こらなかったかもしれないって思うんだよね。



まず、人として、
確認するってことひとつとっても、
一般人レベルで、その基準が、
日本人とインドネシア人で全然違うと思う。



もちろん、日本にもテキトーな人もいて、
インドネシア人にも日本人がビビるくらい細かい人もいるかも。



でも全体として、そういう印象。



で、それは全てにつながっていくんだなと、いままでも漠然とは知ってたことが、
このインドネシア生活を1年してみて、
実感に変化してる途中。




計器が壊れていると報告を受けた整備士の、その機体への危機感の感じ方が、
きっと全然違う。



もし、文章としては日本の航空会社と同じような内容のルールが敷かれていたとしても、それを実行するのも、判断するのもやはり人間で、ただ他社のルールをマネして作っただけなら意味があまりないのかなと思う。



結局は、きちんと直せていなくても、直ったことにしてしまってるのかな?と思ってしまう。それは、もしかしたら、本当に誰が見ても分からないのかもしれないけど。



そう思うのには、この国の国民性がそう感じさせる。




夫も、海外で働くたびに、
その国の人たちの働くスタンスには頭を悩ませていて、二人で話しててもよくそういう話がでる。



で、そういうことを掘り下げていくと、やっぱり幼少期からの教育に繋がっていくんじゃないかなと思わずにはいられなかった。



教育水準が低いということは、
考える力が乏しいということだと思う。



よく、学歴なんて関係ないって聞くけど、
私は大人になってから思う。



学歴は関係なく素晴らしい人もたくさんいる。
でも高い学歴を持っている人は、
やはり頭の使い方が上手いと思う。



仮に、指定校推薦でラクして入ったとしたら、その人自身にはたいした学力はないと思う。
でも、指定校推薦で実力以上の大学に進学することで、出会う周りの人たちは、
やはり頭のキレる人が多い。
そういう人たちの中で、刺激されることってたくさんあると思う。



私は、若かった故に頑固だったせいで、
指定校推薦を蹴って、
受験して、
指定校推薦でなら入れた大学に落ちて、
もっと偏差値の低い大学に入ったんだけど、
あの時、先生も親も指定校推薦を取ることを強く勧めてくれた。
その理由が、今はよく分かる。



結局は、勉強って、
脳の体操であり、訓練なんじゃないかなって今は思ってて。



だから、何も考えずに、
ただ遊んだり、テレビ観たりも全然ありだし、
そういう時間も必要だとは思う。



でも、頭の訓練をする時間を意識的に持つことはとても大切なんじゃないかなと思う。



で、それを子供の頃から当たり前にやった時間が長いか短いかで、その人が大人になった時に考えられる幅や奥行きも変わってくるんじゃないかなと思う。



途上国、新興国の人たちと話してると、
大人なのに、
子供みたいだなって思うことが私はよくある。



でもそれは、その国の人だからじゃないと思う。
教育水準に大きく関係してると思う。



ケニアでのメイドさんは、読み書きができなかった。
インドネシアでのメイドさんも、書くのは苦手だった。



私よりずっと年上なんだけど、
そうは見えなかった。



一方で、ケニア人だけど日本に留学して、当時一緒に働いていたケニア人は、
子供みたいだなと感じたことは一度もなかった。



社会人としての未熟さとか、
若いなとかとは全然違う。



本当に子供みたいと思うあの感覚は、
私が思う、普通の教育というのを受けていない人から感じる特有のもので、
日本にいた頃はそんなこと感じたことはなかったかもしれない。



日本にいる、仕事できないのに、
言うことだけ一丁前とかとは、
また違う、
わたしにはショックが大きい感覚というか。
それが正直な感想。




で、やっぱり、そういう人間の基礎を作るのに大きく影響するのが幼少期の影響なんじゃないかなって思う。
まぁ、幼少期というか、中学生くらいまでは特に。



そこで、あんまり脳の訓練をしてないと、
考える力が乏しいというか。



その結果、雑とかテキトーに見える。



ケニアにいた時、オフィスの隣に新しいビルっぽい建物を建設していて。
木造5階建てくらいかな。


でもビビるんだよね。
その基礎工事に使ってる骨組みとなる木が、
そこらへんから切ってもってきたんだろう木を、
なんの加工もなくそのまんま使ってるんだよね?としか思えない使い方。
曲がってるし、太さも間隔もバラバラ。
しかも、そんなんなのに、工事おっそいから、
雨とかで木が腐るんじゃない?ってかんじで。



ケニアって、テロの警戒がすごくて、
本当に写真撮るのが危なくて、
その写真はないんだけど、衝撃すぎて忘れられない 笑



日本なんて、床が斜めになってるなってないで大問題じゃない?
ボールが勝手に転がったら欠陥住宅って大騒ぎ。



インドネシアでボール転がらない家ってあんのかな 笑
日本で騒いでる欠陥住宅は、インドネシアでは話題にもならない当たり前のことだったりする。




よく言うじゃない?
日本はきめ細かくて、海外はテキトーって。




でも私、最近、それを実感してる。
今までは、そういうもんなんだっていう漠然とした感覚だったんだけど、
それが、実感に変化してってる。
こういうのが、海外に住まなきゃ分からない興味深いところだと思う。




日本は、異常なくらい細かくて、本当に素晴らしい面と、細かすぎて残念な部分があると思うんだけど、それを実感できるって、これから生きる上でものすごく価値があることだと思っていて。
だから子供たちはやはりいろんな環境を経験してみてほしいなって思う。




だから、インドネシアに住むこと自体はとても貴重だし、楽しみたいっていう大前提はある。



けど、教育は、人間そのものの根本になると思うから、インドネシアでの学校選びはすごく難しいなと思う。




母になって初めての海外生活。
子供たちを通して感じること、考えさせられること、見えること、すごく新鮮。



それに、これまで半年以上ひとつの海外に住んだことなかったけど、
やはり1年って、半年とは違うなって思う。
これ、また長くなるほどに見えてくるものって変化するだろうし、それを楽しみながら、
この国で、どんな過ごし方が家族に合ってるのか、うまくさがしていけたらいいな。