ジャカルタにきてもうすぐ1ヶ月。
毎日いろんなことが起きすぎて、
書き留めたいことと、
書くスピードが合わず、
丸一日、日記であるブログを書きたいくらい。
インドネシア。
ジャカルタ。
私は、この国のこの街に来ることが決まるまで、
あまりインドネシアのことを知らなかったし、
今も歴史的背景はなにも知らない。
恥ずかしいけれど、歴史には相当疎い。
正直、最初にジャカルタと言われたときは、その街自体にはあまり魅力を感じなかった。
でも、日本での生活に物足りなさを感じてたわたしには、待ちに待った海外生活。
ぶっちゃけ、どこでもよかった。
行かれるならありがたく行きます!ってかんじ。
そこから、ジャカルタについて少しずつ調べたものの、日常は変わらずにあるわけなので、
そもそも2人育児をしながら調べる時間なんて大してない。
ヒッポからの情報と、軽いネットサーフィン。
駐在生活というガイドブックをわざわざ手に入れてもらったものの、初めてちゃんと開いたのはジャカルタに来てから 笑
でも、正直あまり期待してなかった。
良くない話も聞くし。
渋滞ひどいし、大気汚染ヤバイし。
だからなのか?
ジャカルタ、最高にいい街だと思う。
それは痛い目にあってないからそう言えるのはもちろんある。
でも、悲しい思いをするのは日本でも起こりうる。
とにもかくにも、インドネシア人はとても優しい。
私が接したのは、
ドライバー
店員さん
幼稚園の先生関係
大使館
アパートのマネージメント
など。
会話に必ず笑顔がある。
ありがとうって言えば、ニコッと笑ってくれる。
英語で話しかけても、相手が英語が話せなくても、私がなにを言おうとしてるのか、なにを知りたいのか、聞こうとしてくれる。
インドネシア語がうまく話せないという理由で、冷たくあしらわれることがない。
これ、海外生活においてかなり大きいと私は思う。
オーストラリアにいた時、私は人生で初めて、孤独とはこういうことなんだなっていう心境を経験して。
でもそれは、英語がうまく話せなくて相手にされないことの連続や、英語が下手ゆえにお荷物的な立場になってる自分を感じたり。
それでも、気心の知れた友達は現地には1人もいなくて誰とも会えない。
何度となく、友達やヒッポからのメールを読んでは泣き、また這い上がる。
それしかないからその繰り返し。
今思えば、あの辛さがあったから、ナイロビもジャカルタも楽しめるのかもしれないとも思う。
それくらい、相手にされないってキツイ。
でも、ジャカルタでは、私の下手な英語と、間違えまくりのインドネシア語を真剣に聞いてくれる。そして、最後にはにっこり笑ってくれる。
海外生活って、やっぱ慣れるまでこの街での生きる術を知らないから、そういう人のちょっとした優しさがズドーンって心に響く。
言葉なんて何も通じなくても、ジェスチャーと少しの単語で、伝えたいことが伝わるパターンがたくさんある。
もちろん、もっと込み入った話もしたいけど、それは生活が落ち着いてきてからのステップで、今はまず子供達のコンディション第一。
それに、海外生活をすると、今まで日本では接点のなかった同じ街に住む日本人との出会いがある。
先日も、幼稚園のトライアルにいったら、クラスメイトの子のお母さんが日本語で声をかけてくれた。
そして、会って数分の、どこのどいつかもわからん私に、そのお母さんの方から、
何かあればなんでも聞いてくださいね。良かったら連絡先教えます。
と言ってくれた。
マジでビックリした。
ナイロビでは、こういう出会いもあったの。
でもナイロビは、住んでる日本人が少ないし、やっぱり日本からナイロビってハードルないわ〜って日本人は少ないと思うんだよね。
だから、みんなお互い気持ちがわかるから?なのかとにかく、親切な温かい人ばかりだった。
ジャカルタは、日本人がたくさん住んでいるし、その日私はトライアルで、その幼稚園に入ると決まったわけでもないのに。
もし、私がそのお母さんの立場だったら、その一言は言えなかったかなって思って。だって、会って数分だよ?
しつこい 笑
連絡先を交換して、お礼を言ってお別れしたけど、ぶっちゃけ泣きそうになった 笑
私も、レイラの幼稚園が決まって、トライアルのお母さんに会う日がいつかきたら、あんな風に声をかけたいと学びました。
このブログを読んで、連絡をくれた人もいました。
そして、今は直接、LINEでいろいろ教えてくれる。
しかもさ、聞いたことめっちゃ詳しく教えてくれる。まだ実際に会ってないのに。
ジャカルタに来る前、ここに書いてる、在住者の人からしたら、お前の準備やばいぞ!っていうようなすっとんきょうな内容にも、親切にコメントやメールをくれた人がたくさんいた。
もう、なんだろう。
かなり胸いっぱい。
日本で生活してたときも、
大好きな人たちがたくさんいて、それはすごく幸せだった。
でも、刺激はなかった。
安定感はあるけど、刺激がなくて。
今、ここに来て、
私は、ただただ、地球というものを、
もっと知りたいんだと思う。
そして、それは、自分の目で見て、心で感じることで初めて私は、
知る
んだと思う。
インドネシア人の大半がイスラム教ってこと自体、知ってる日本人はどれくらいだろう。
イスラムというと、中東のイメージなのは私だけではないはず。
毎日、大音量のアザーンとともに生活するなんて、イスラム圏に住まなきゃ体験できない。
ショッピングモールにも、遊園地にも、お祈りをする場所が用意されている。
レストランでは、手で食事をする人たちが当たり前にいる。
豚肉はどこのスーパーでも買えるわけじゃない。
幼稚園では、マンダリンの授業が当たり前にある。
そういうひとつひとつの、これまで私が生活してみた国との違いが、いちいち感動。
単純に、私の今いちばん興味のあることは、幼児のことだと思う。
レイラやエマをこれからどう育てていくか。
レイラが、2歳半くらいまでは、
育児だけではいけないとどこかで思ってた。
子供達が手が離れたら、
社会復帰したいから、
育児だけしてたんじゃだめだって。
でも、3歳くらいから、
何かがふっきれた。
あれ?
育児って、半端ないって。
こんなに心身ともに揺さぶられる体験、
なかなかできるもんじゃない。
自分の子供の成長に感動して泣いたり、
一緒に爆笑したり、
ブチ切れて怒鳴り散らしたり。
母親は、思った以上に子供で、
そんなに忍耐強くない。
子供は想像以上に、1人の人間としての意志がはっきりあるし、エナジーが半端ない。
毎日毎日同じことの繰り返しのようで、
毎日毎日激動なんだよ。
私は、器用じゃないから、
今は育児に思いっきり自分の全てを注ごうと思った。
それが、レイラが3歳手前。
なんだけど、そこにひとつだけ、
自身の今後を見据えたものを加えてもいいのなら、地球のどこかに住んで、その土地を見てみたい。
そういうことだったんだと思う。
だから今すごく楽しい。
レイラが荒れてうんざりしたり、
やることありすぎて毎日ヘトヘトなんだけど、
すごく楽しい。
経験できる幸せを、思いっきり嚙みしめよう。
私は、子供達とここでの生活を全力で楽しみながら、自身の将来のビジョンを考えていく!
こんなステキな街で、
娘たちを育てられることがとても嬉しい。