何事も、経験しなきゃわからないと、
歳を重ねる度に思ってきたんだけど。



本当にそれに尽きるなって今、改めて感じてる。



私は、日本ってすごく特徴の濃い国だなって、いろんな国を旅したり、
オーストラリア、ケニア、インドネシアと住んでみて、
本当に思う。



日本の強みも弱みも、とても独特っていうか、
日本みたいな国ってないなって思う。
それは私が日本人だからそう思うのかな。



インドネシアは日本と同じアジアだけど、
言語にはアルファベットを使ってるから、
私の感覚では、
日本より、オーストラリアやケニアに似てる。



それが1週間目の印象。



子供達を、どこでどんな風に、
家族としての形をどんな風にしていこうか、
これまでヒッポと何度となく話し合ってきた。



レイラが産まれたばかりの頃は、
私とヒッポのそういうビジョンって乖離があったけど、
だんだんとひとつになってきつつある感じがする。



私が海外の楽しさを感じてる一番は、
単純に日本の常識が非常識に、
非常識は常識になることさえあるってこととか、
人の感覚とはとても無限で、
どれも間違ってないし、
ものごとに正解なんてないことを、
肌でヒシヒシと感じるところだと思う。



心がワクワクして、
胸がドキドキして、
身体中が熱くなるようなことが、
日常的に待っている。



もちろん、ポジティブがたくさんあるけど、
当然ネガティブだってある。



でさ、
それがとにかくわたしには感動で。



だってこんなに違うのに、
地球っていうひとつの星に暮らしてるの。
すごくない?



だから子供たちには、
日本を自分の基準にしないでほしいというか、
いろんな暮らしや考えがあること、
そしてそれは自分で選択できることもたくさんあるんだってことを、
ただ知ってほしいと思った。



でも、私はやっぱり日本が大好きだし、
日本しかホームはないし、
子供たちにもそういう場所が必要かなとかいろいろごちゃごちゃ考えることもあった。




英語が日常会話ギリのレベルの私には、
見えない世界もあるけれど、
英語はコミュニケーションがとれる英語が話せればいいと思ってる。
そこから先、必要と思えば自分で努力したらいい。




キレイな英語を話せるに越したことないと思う。
やはり英語がネイティブだったら、
とれるコミュニケーションの数は格段に増える。



でも、私の中では、
それ以上に、地球っていろんな人が住んでいて、
いろんな文化があって、
いろんな暮らしがあるんだということを、
ただ知ることが、
子供たちにはかけがえのない財産になると信じてると思う今は。



とか、いろいろ思ってたんだけど。



レイラをこの1週間見てて思う。


英語、日本語、インドネシア語。
いろんな人が、場面によって話す言葉が違う。
ママやパパが英語で話してることがある。
自分に話しかけてくる人が何を言ってるのかさっぱりわからん。



そういう光景を、彼女なりに
どんどん吸収していく。




こどもは順応が早いと、
これまで何度も聞いてはきたけど、
初めて目の当たりにすると、
その微妙な変化とスピードに、
ただ驚くばかり。



超絶シャイなレイラが、
渡航3日目で、
テリマカシー
と言った勇気。



褒めて、一緒にジャンプして喜んだ時の、
誇らしい顔。



おままごとにどんどん投入してくる、
覚えたてのインドネシア語や英語。



もう既に、変化し始めてる。



荒れ狂う毎日だけど、
荒れ狂いながらも彼女なりに精一杯、
この国を知ろうとしてるのかもしれない。



大荒れの時は、心底、いい加減にしてって思うけど 笑、
そりゃ荒れるか…と、冷静な時は思うくらい。



幼稚園は、通園可能なところはできる限りいろいろ見てみようと思う。


ヒッポも見たいと言ってくれてるから、
3人の意見が合う幼稚園にめぐりあえるといいね。



私には英語のハードルが、バッシャバシャ容赦なくふりかかってくるけど…(-_-)



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エマの小さくなった帽子をかぶって、
謎の幼稚園病院美容院ごっこ中…( ̄▼ ̄;)


入院したことで、病院ごっこのクオリティが半端ない 笑