本当は、2016年中に全科目合格を目指していたCPA。


けど、受けることも、勉強することも、一旦止めました。



逃げかもしれない。
自分に負けただけ?
意気地なし?
根性ナシ?


何度も何度もそう自分に問いかけた。



でも、答えはわからなかった。
逃げたかも。
それは、逃げではないと言い切れない自分が確かにいた。
ダサいと思ったし、カッコ悪いなと思った。



独身の頃なら、出産前なら絶対に自分が自分に対して許せないことだったと思う。



私は、0から1を生み出す能力が乏しく、
芸術的なことを表現して評価を得ることが苦手。


その分、答えのあるものを自分のものにしたり、
自身の決めたことに対する集中力と根気はそれなりにあると自負していたと思う。



というより、それしか自分にはできないから。



何かを生み出すことのできる人に憧れるし、
人間として魅力だなーとすっごく思うけど、私はそれが得意じゃない。


だから、できることは、精一杯やろうといつも思っていたと思う。



今回も、CPAは、言葉の壁はあるものの、将来は海外移住を希望しているし、働くには海外で通用する資格がなければビザさえとれないこともケニアの生活で痛感したのもあり、答えのあるこの試験なら自分にもトライできるし、



頑張れば、死ぬ気で頑張れば、結果を出せる自信もきっとあったと思う。



そうまでして決めたことなのに、それを結果として残せなかったのは、自分に負けたってことだと思う。



第三者からは、そう映ると自覚している。
結果が全て。
過程は関係ない。


私が他人を見るとき、わりとそういう視点で見るタイプで、本人がどういう思いでやっているかより、私や第三者にどう映っているかのほうがよほど大事だと、ある時から思うようになった。


だから当然、私自身も他人からそう見えていると思ってる。


その意味で、今の私の1人の人間としての価値は、低いなと思わずにはいられず、少し焦りもあるかもしれない。



結婚してから、私のしてきた経験は全て、ヒッポありきだったと思う。



人と話していて、私が他人から評価される大半は私自身が頑張って得た結果ではなく、ヒッポが掴み取ってきたチャンスにのっかっているだけのような気がしている。


きっと、CPAを勉強し始めたいくつかの理由のひとつもそれだと思う。


特にケニアでの経験ではそう感じることが多い。


ケニアで出産する日本人は、きっと年間50人いないと思う。10人いなかったりして 笑


だから、珍しいし、日本にはケニアに限らずアフリカの情報は非常に少なく、偏っているから、驚かれないことはない。


そして、本当によく、


すごいですね。


と言ってくれる。
ありがたいし、そう言われて、確かに私なりに頑張った部分もあって嬉しいんだけど。


夫婦で一緒にいると、


ついていって、ケニアで出産した奥さんがすごい。


と、私にフォーカスしてくれる人も少なくない。



でも本当は、すごいのは私ではないと、自分に対しては思ってしまう。
それは、謙遜でもなんでもなく、単純にそう思う。



まず、ナイロビの大学病院は日本のそれとほぼ同じレベルだと思うし、出産だけをとれば出生数は圧倒的にケニアが多く、助産師の経験値も高いはず。



ケニア人と日本人の体質の違いはあれど、
母子ともに順調な経過ならどんな人でもナイロビの私立大学病院では難なく出産できると思う。



分娩室も、病室も個室だし、
器具だってきちんと消毒され、
注射針は新品を目の前で開けてくれる。



テレビでよく見る、
薄暗い診療所のようなところではなく、
立派なレンガの建物で、
みんながイメージする大学病院と変わらないと思う。



ただ、治安だけはマジでヤバいので、
そんなところに赤ちゃんと住むことのリスクだけは、人によっては、

親としてどうなの?

とはなると思うし、
私も実際テロに遭って、自身にそれを問いかけた。



これは一番分かりやすい例だけど、
このこと以外にも、結婚してから、私は自分の力で何かを成し遂げたり、
モノにしたという感覚を味わっていなかった。



だから、そういう自分を打破したい思いもあった。



勉強を始めたのは、レイラが1歳半になる頃。



そして、来月、3歳の誕生日を迎えようとしている。



この1年半、私は毎日初めての経験をしていた。



2歳の娘を育てるときに感じること。
2歳半の娘の成長を見て感じること。



娘の言葉にハッとさせられること。
ヒッポと娘を見ていて思うこと。
ヒッポと夫婦の会話が減っていくこと。


ヒッポは、私が何かに取り組むことに対してはいつも前向きに応援してくれるし、実際に週末は何度となくレイラを連れて2人で出かけてくれた。



どんなに自分が疲れていても、
私の家事に口を出したことはこれまで一度もない。



夕飯がなくても、朝起きれなくても、
何も言わずに許してくれる。



でも、2015年は、
2007年の終わりからの同棲期間も含め、
本当に忘れられないキツい一年だった。



それは、ヒッポにとっても同じで。
仕事の波に乗れないまま、1年以上が経過していて、お互いにトゲトゲがMAXだった。



喧嘩をしてもしても、解決されない何かがいつもあった。



お互いに、お互いに求めるものばかりで、
何かをしてあげよう、してあげたいという心の余裕はなくなった。



それは、結果として負のスパイラルしか生まなかったと思う。
何をやってもうまくいかない。



私もヒッポも、1人の時間を求めることがおおかったのかもしれない。



でもどこかでは、


なんとかしたい。



と、2人とも思ってたし、気持ちが冷めたわけではなかったけれど、ヒッポは、私の気持ちが冷めているとまで感じてたらしいし、私はヒッポは私に興味がないと感じていた。



それが年始くらいから、だんだん良くなり始めて、大きく変わったのは、ヒッポがザンビア出張へ行ったこと。



行ってから、電話での声のトーンですぐわかった。乗ってるなーと。



帰国してから、笑うことが増えたし、
やはり、ヒッポが笑顔になれば、
私にも笑顔が増え、
レイラもケラケラ笑ってみんながハッピーになった。



それで、ヒッポとCPAのことを話して。
これまでは、諦めないで頑張れって言ってくれてたけど、この時は初めてお互いに本音で話せた気がする。



私には、今、海外に住む以外に純粋な興味がないこと。
私は海外気質ではないので、急に海外への興味がなくなるかもしれないこと。
海外で何かをしたいというより、単純に違う文化や生活、何より人に触れてみたとき自分が何を思うかを体感したいこと。
正直、それしか考えてないし、レイラの教育にそれが本当に大事だと信じていること。

その全ては、5年後に真逆の意見になるかもしれないこと。

家族みんな一緒に海外に住めなきゃ意味がないこと。

日本は大好きだけど、なんでもスムーズすぎて、生活に全く刺激がないこと。

ケニアやオーストラリアで出会った日本人や外国人に、私の目指す人間像があって、その感覚をたくさん共有して、刺激されるような環境に飛び込んでみたいこと。






それを話したら、ヒッポには、

CPAじゃなくて、英会話を本気でやったほうがめーのやりたい事への近道になると俺は思う。
CPAも働く上では必要になってくると思うけど、まず、それよりもまずは生活だよ。
レイラを連れて、日中は俺も仕事に行ってて、一人でレイラやこれから増えるかもしれない子供たちを安全に生活させられる?
それには、言葉は絶対だよ。
行ってから上達する部分ももちろん大きいけど、日本にいてできることもたくさんあるよ。
そこまでめーが考えてるなら俺も、真剣に海外を見据えるから、まずは家族で移住することを当面の目標として、それぞれの目標を置いたらいいんじゃない?


そういう話になって、
私は一旦、CPAを最優先させるのを止めました。



まずは、自分の英会話と、
レイラに外国人との接点を増やす方法をいろいろ考えていこうと思う。



そして、家族みんなでこれからの方向性を決めていこうと。



家族ができて、自分が何かをやり遂げることだけがみんなにとってベストなのかそうでないのか、今は正直わからないけど、
それを模索しよう。



ブログのタイトルも変えなきゃーどうしよ~