レイラを妊娠中、とにかく無事に生まれてほしいと


いつも願ってた。



お腹のレイラのことで頭が一杯になるのが怖かった。



本当は、不安で心配で仕方なかったけど、
一方で、信じなければと、いつも思っては、



私は私の今、すべきことに集中しようと思ってきた。



レイラを妊娠したと知ったのは、
11月ももう終わりだった。



実は、レイラは第二子で、
その年の1月に、第一子を妊娠した。



結婚式から3ヶ月。
仕事を始めたその週に、妊娠してると知って、
ヒッポと二人で喜んだ。




でも、妊娠8週で、稽留流産と診断された。
胎嚢しか確認できず、胎芽を確認できないまま、
空へ還ってしまった。



病院では、先生も助産師さんも優しかった。



初期流産は、6回に1回の確率です。
決してあなたのせいじゃない。
受精したその瞬間から、育たない運命の子もいるの。
だから自分を決して責めてはだめ。
辛いね。



その場では、妙に冷静だった。



まさか自分が。



そう思ったし、その現実を受け止めきれなかった。


帰宅後、ヒッポに話した瞬間、現実になった気がして、
大泣きした。



その日は、金曜で、
その土日は、ヒッポに何を話しかけられても泣いていた。



親からの電話にも出る気分になれなかった。



誰にも何も言われたくなかった。


励ましも、慰めも、
聞く勇気がなかった。




安定期に入るまで、家族以外には言わないでと、
最初にヒッポに言ってあったはずなのに、
ヒッポの会社では、私が妊娠したっていう噂が流れた。



それを知った私は、
ヒッポを叩き起こして問い詰めた。



ヒッポは泣きそうな顔で謝ってきた。



私が電話で妊娠してることを伝えたとき、
あまりにもびっくりして、嬉しくて、
そのとき一緒にいた先輩に話したと。



さんざん責めたあと、



自分がヒッポの立場だったらと考えたら、
私も同じ行動をとったかも。



そうも思った。



会社で誰かに何か聞かれたら、



妊娠してない



って言い切って。
どんなに不自然でも。



そう言って、その話は終わった。



念のため、翌週水曜にもう一度エコーをみて、
それで見えなかったら手術だった。



月曜日、誰かに肩を叩かれたら泣き出してしまいそうな心境で仕事に行った。
でも今思えば、無理やりでもシャンとしないとダメな状況でよかったかも。
家にいたら、そればかり考えてしまう。



そうでなくても仕事なんて手につかないのに。



夕方、お母さんからメールがあった。


大丈夫?
心配だから、明日大阪行くね。



と。



会いたくなかった。
誰にも会いたくなかった。



来なくて大丈夫だと言ったけど、翌日、



強引で悪いね。
今夜、そっちに着くから。



そうメールがきて、
本当に来た。



実際は、お母さんの前で泣き出すことはなく、
話したことで気持ちは少し楽になった。



水曜日、やっぱりベビは育っていなかった。



金曜日、手術をした。
全身麻酔だったから、何もわからないうちに、
目が覚めたら終わっていた。



誰にも話せないまま時間は流れた。



いろんなことを考えた。
考えては泣き、不安にもなった。



私の身体は赤ちゃんが育たないんだろうか。



でも、



そんな生き方は私らしくない。



世の中には、子供が欲しくてもできない人もたくさんいて、
私と同じ経験をした人もたくさんいる。



絶対に子供ができないと言われてもなければ、
術後の病理診断で、異常はないので心配ないと言われた。



心配したら妊娠できるもんでもない。



だったら、今できることをしようと思った。



今だからこそできることを。
簿記やBATICの勉強に集中できたのは、
今だからできることに夢中になって、
そのショックや悲しさを紛らわしたかっただけかもしれない。



でも、それが事実だった。



そして、何かに没頭することで救われたのも事実。



気持ちはだんだん前向きになった。



翌月。
この時働き始めた事務所の初めてのお給料で、
ヒッポにお財布を買った。



バレンタインもあったし、ずっと欲しがってて、
何より心配かけたから。



そして、そのときの心境を手紙に書いた。



お財布を喜んでくれたのはもちろんだけど、



この日、ヒッポは手紙を読んで、
初めて私の前で涙を流した。



一緒に住んで、一度も私の前で泣いたことのなかったヒッポが。



結婚式では泣いてたけど、
私の前だけで泣くことは本当に一度もない人だった。



「めーにどうしてあげたらいいかずっと考えてた。
俺がしてあげられることなんて大したことなくて、
どうしてあげたらいいんだろうってずっとそればっかり考えてた。
でも、めーが少しでも前向きに考えられるようになったって知って、
本当に安心した。」



そう話しながら、涙をボロボロ流すヒッポを見て、




こんなんじゃいかん!!



と、ハッとさせられた。
私が元気でないと、こんなに心配かけるんだと思ったら、
起きてしまった戻ることのできない過去に泣くよりも、



前を向いてちゃんと歩こうって、そう思った。



それから約半年。



夏に実家に帰った頃には、
時期的にも、友達から



子供は考えてるの?



と聞かれることも多くなって、
でも、仲のいい子には、自然と話せるようになった。



あえて自分からその話題には触れなかったから、
仲良くても言わなかった子ももちろんいるけど。



レイラを妊娠してるかもと思って、
初めて検査薬を使った日、



陽性反応を見て、涙が止まらなかった。



もう何が起きても受け止めようと、
初めての妊娠の時とは確実に違う感情だった。



その瞬間、モリに話した。
自分のことみたくよろこんでくれて嬉しかった。



でもその反面、ヒッポの両親には12週くらいまで言えず、
友達には安定期まで言えなかったのは、



やっぱり怖かったんだ。
どうしても、怖かったんだ。



信じても信じても、怖かった。



ダサくても、それが本音だった。



でも。
なんとなく今回は大丈夫だっていう直感はあった。
根拠はない。



なんの根拠もない、自分でも不安になるような直感は、
この子は女の子な気がするとも思った。



思えば、中期以降、
長時間の飛行機も、ハードワークも、
ベビのためにはあまりよくないこともたくさんあったけど、



私の身勝手だったけど、



私とヒッポのところにきてくれて本当にありがとうって思う。




まだまだ未熟な私のところにきてくれて、
本当にありがとう。



第一子の存在は、私に命の尊さと、家族の尊さを教えてくれた。
そのことを一緒に乗り越えて、
レイラを一緒に迎えられたこと、



きっとわたしとヒッポには大きな意味を持ち続けると思う。