あり得ない。
まじあり得ない。
あーーーーーーイラっとするーーーーー(=`(∞)´=)
昨日、仕事が終わって帰宅後、スーザン(メイドさん)との
コミュニケーションノート(連絡帳みたいなもん)に、
何やらメッセージが書いてあった。
のだけど、彼女は英語を話せるのに、書くことがあまり上手ではなく、
なんて書きたかったのか、私もヒッポも理解できず。
洗剤のストックがなくなりそうになったら書いておいてねって前に話したから、
なんか買っておいてっていうことだと思って、
明日の朝聞けばいいやくらいに思ってた。
そして今朝。
いつも通りの時間に来たスーザン。
いつも通り挨拶をして、私はそのまま朝の支度をしてたら、
何かを話し始め・・・
・・・・・嫌な予感・・・・・・
・・・・・・・・・なんか・・・・・謝ってる・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
私のお気に入りの服にアイロンをかけて、生地が縮こまってダメになったーーーーーー(T▽T;)
えぇえええええええーーーーーーーーーーー?!!!!!????
ふつーこの生地にアイロンいるかーーーーーーー??????
例え、かけるとしても超低温プラス当て布必須じゃねーのかよ!!
あり得ない。
穴まであいてたしね(  ̄っ ̄)
どんだけ高温であててんだよ?
つーか、この仕事長いんじゃねーのかよ?
いくらなんでも、考えたらわかんねーか?
なんも考えないでアイロンかけてんのかよ?
↑心の中はもう、荒れまくり( ̄^ ̄)
着古してボロボロのやつとかだったらまだしも・・・
それ、私のお気に入りーーーーーーーーーーーーー!!!!
初めて、顔を見れませんでした。
洋服を持ってきて説明するスーザンに
「わかった・・・」とだけ言い。
ヒッポにーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
ヒッポ「あーーーーぁ( ̄_ ̄ i)」だってーーーー
あーぁじゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!!!
その後、髪を巻き終わるまで、
一人でひたすら落ち着こうと試みてみた。
人間だしね。
私だって、今でも家事で失敗すること絶対ないかっていったらそんなことはないしね。
もしかしたら、ケニアでは全くもって出回っていない生地だったのかもしれないしね。
↑こんなんあり得ないけどね┐( ̄ヘ ̄)┌
私の洋服にはコットン以外アイロンかけないでって言わなかった私が悪いのか?
でも、経験上分かるだろ?
とか。
けど、だれかのブログを読んでいて、
ケニア人のメイドさんはなんにでもアイロンをかけてくれるっていうのを読んだことがあり。
それを知ってたなら、ちゃんと最初に説明しなきゃいけなかったのか。
まぁとりあえず、
別にうん万円もする洋服ではないし、
洋服はしょせん、物だし、
仕方ないかと思った。
そして、これからは、コットン以外の私たちの服にはアイロンはかけないでと伝えました。
でも、このときのスーザンの謝る顔が、
本当に申し訳なさそうだったので、その表情を信じることにしました。
そいで、家を出るときは、笑顔でバイバイしました(T_T)
私ももうすぐママなので、大人になりました 笑
子供が生まれて、家に置いて仕事に行くのは不安になりました。
連れていけたら連れていこ。
彼女にナニーさんも頼めたらと思ってたけど、
どうなんだろー。
というか、ここ数日。
教育の大切さをとっても感じる。
日本人は、とっても働き者だって世界でも言われてるけど、
ほんとうによく頭を使ってると思う。
ケニアの人は、そういう日本でなら当たり前に求められることを、
求められてることに気づかないのか、
そもそも必要性を理解してないのか、
自発的に気をきかせようという気持ちや、
新しいことをどんどん覚えて自分のものにしてやろうという意気込みが、
弱い気がする。
こういうのが国民性の違いなのか、文化の違いなのか。
たぶん、日本人のほとんどの人が、
ケニアに来たら、
とても気が利く人
になれるとおもう。
それでも、東アフリカでは一番発展の早い国だし、
それにはそれなりに理由があるんだと思う。
そして、今、まだ発展途上国である現実もまた、やっぱり理由があると思う。
なぜ、日本があれだけ急成長できたのか、そこに理由があるように。
果たして、どちらがいいのか、正しいのか、それは分からないし、
どっちでもいい。
でも、そういう日本の中で育ち、そういう日本の教育を受けてきた私には、
あまりにも向上心が弱い一面を見ると、
すごく残念に思う。
そういう意味での刺激は、あんまりない。
でもそれは、今だから思うことかもしれないし、
これから先、変わっていくかもしれない。
日本で働いていたって、常にそういう自分に刺激をくれる人と働けるわけじゃない。
少なくとも、ここでは日本では経験できないことがたくさんあるし、
困ったら日本語が使える環境ではあるけど、
基本的には英語を使って仕事をするのも初めてだし、
それは私にとって大事なことだと思う。
けどやっぱし、日本人はもっと英語を勉強したらいいと思った。
きっと、もともと持ってる素養は、すごくいいものがあって、
それは世界でもきっと重宝されると思った。
ただ、英語を流暢に話せないというだけで、
必要以上に劣等感を感じて、
自分の意見を前に出したり、
積極的になれなくなる。
でもそれも、日本人として生きてきたら、自然なことな気もした。
だったら、ただ、英語を自由に話せたらいいだけじゃないかとも思った。
日本で育って、英語さえ自由に話せて、
世界に興味を持ったら、
もしかしたらものすごくいろんなチャンスに巡りあえるのかもしれないと思う。
世界では、日本の英語教育はあまり評価されないし、
今思えば、中学から英語が授業にあるのに、
日本語で英語を教えるそのやり方自体がおかしい気もする。
わかんなくても、嫌でもそのうち慣れるから、
全部英語で授業するほうがまだいいんじゃないかって気もする。
なにはともあれ、ベースの学力ってやっぱり大事なのかなと思う今日このごろ。
なくても生きてはいけるけど、
人生の選択肢はそこで左右されるのも事実だと思ったりした。
勉強と、経験と、
どっちも意欲的に取り組むことができたら、
きっと、楽しいだろうと思う。
そしたら、大人になったとき、
自分の人生の広げ方にもっと選択肢が増えて、
楽しんでいけるんじゃないかっていう気がした。
勉強することも、
遊ぶことも、
楽しいことだって教えられる親になれたらいいなと思う。
そのためには、仕事も遊びもまずは自分が思いっきりやってみたいと思う。
とりあえず、モンバサホリデー目指して、
ナイロビでの日々を大事にしようと思います!!!