今日は、仕事は休んでいいからたまにはゆっくり寝なさいと言われ、
お休みもらったーん。
お言葉に甘えて、昼まで寝さしてもらったーーー
よーーーーーーーーーーく寝れたよ(^∇^)
そう。
ケニアに来て1か月経ったよ。
率直な感想は、すごい長くもなければ短くもなく、
マイペースに進んでるってことかなーっていう感覚。
友達と会って、お茶したいなーw
実家のご飯が恋しいw
ベビは毎日あっちゃこっちゃ動かして、お腹の中で遊んでるよ~
早く会いたいけど、早く出てきすぎちゃったら困るから、
ゆっくりしててもらえればと思う。
あと3か月しないうちに、夫婦二人の生活はいったん終わるのかと思うと、
それはそれで貴重な時間かと思う。
別に、たいした話もしてないし、
今はそれがふつうだから、その貴重さとかよくわからないけど、
多分、当たり前だからこそ感じないことがあるんだろうなと思う。
ケニアはまだよくわからない国で。
毎日、車の中から道行く人を眺めては、
とても不思議な感覚になる。
でもまだ、街をプラプラするという目的で、
道を歩いたことは一度もなく。
それさえ不思議な気がした。
正直な気持ちを書けば、
私には、
黒人=ちょっと怖い
っていう感覚があって、理由なく、感覚的に怖いと思ってしまう。
そして、そういう中で、白人を見ると、
なんとなく安心するっていう感覚がある。
それは、今もあまり変わらないと思う。
でも、怖いと思う気持ちが、ほんの少し、変化してるように思う。
スーザンもそうだし、
ロバートもそうだし、
オフィスでも、私とヒッポ以外はみんなケニア人。
ちなみに、私なんて、今はまだ、ケニアに日本人の友達がおらず、
家族以外の他人はケニア人としか接していなくて。
すごく、いろんなことを覆されているような気がする。
どこがどういうふうにって、今はまだはっきり説明できるほど何かをしっかり
感じているわけじゃなく、
とても感覚的なものだけど、
やっぱり、国籍なんて違っても、
人と人のつながりは、何も変わらないんじゃないかって思う。
初めてスーザンに会った日、
お互いに相手がどんな人なのか探っていて、
笑い話のできる人なのか、
たわいもない話にのってくる人なのか、
そういう人格的なところに対するさぐりがお互いにあったと思う。
でも。
1週間一緒に過ごしてみて。
その中でいろんな会話をしてみて。
うまく伝えられなくても、
ちゃんと理解できなくても、
私が分かる英語をフルに使ってなんとかコミュニケーションをとってきて、
今は、ひとつの関係を築いていく最初の部分をしっかりかみ合わせた感覚がある。
家に他人がいるのはどうだろうかと思ったけど、
実家もなく、友達もすぐに会えないここでは、
産後、スーザンが話し相手になってくれることが私にはきっとプラスだろうなって思う。
ケニア人はテキトーだって言うけど、
日本人の家庭が長いからなのか、
昨日、ドライバーに鍵を引き取りに行かせられなくて、
アパートの門番に鍵を預けて帰るようにとヒッポが電話したんだけど、
つながらず。
私も何度もかけたり、メッセ―ジしてもつながらず。
そしたら、レセプションの女の子が私のところに来て
「あなたのナニーさんが来てるよ」と!!
わざわざ鍵を届けに来てくれて。
事情を聞いたら、ケータイの電池が切れたとかw
前に、門番に預けてもいいみたいなことを話したこともあったんだけど、
そのときも
「門番に預けるの?!
それ大丈夫?ちょっと危ないんじゃない??」って言ってくれたり。
たまに、
なんでこれをここに置いたんだろう??
と思う面白いオトボケがあるけどw、
あまり賢すぎるメイドさんは逆に危険とも聞いたことがあるし、
仕事は丁寧だし、今はとっても満足してる。
オフィスの人とはまだあまり交流がなく。
仕事中は、ヒッポと同僚くんと私以外はバックオフィスにはいないから、
ストア側でみんな仕事してて。
オフィスで繰り広げられている会話は、
内容も私には高度な内容すぎて、
たまに、ヒッポや同僚くんのところに、ほかの人が
「お客さんがこうこうこう言ってるんだけど、どうしたらいい?」的な話をしに来てる
・・・・・・と思う・・・・w・・・・・・んだけど、
それ系の会話はほぼ理解できない。
同僚くんとアカウンタントの会話は、会計用語が出てくるから、
その単語を拾って、話の大枠なら分かる程度。
私って、ほんと、海外が根っから合うっていうタイプじゃないなって思う。
話せなくても、うまくコミュニケーションとれなくても、
何も気にせずガンガンいっちゃえーーーー!!
みたいのに、自然となることは、
ない。
全然、ガンガンどころか静か―――――にしてるし。
けど、それでもこんなに日本を出ることに魅力を感じる自分がむしろ不思議。
私はたぶん、
自分が恥をかいたり、失敗しなくても、
それなりにこなせてしまう状況や環境が好きじゃないんだと思う。
居心地はいいけど、刺激が足りないし、
走ってるっていう、夢中になってるっていう感覚がない。
好きなことや興味のあることに没頭してるときのあの感覚を、
高校のときに感じて以来、
私はその感覚の虜になったんだと思う。
それはもしかしたら、ひとつのことに集中して向上を計っていけないタイプかとも思う。
常に、今の自分が一番興味のあること、惹かれることに飛びつくことも、
その行動力も惜しまないけど、
そうして方向を変えてしまうことで、見落としてきたものも、
きっとあったとおもう。
その選択は、果たして正しかったのかわからない。
でも、私なりにはいつも時間をかけて自問自答してきたし、
他人からは現実的でないと指摘されても、
自分が現実的な可能性があると思うものだけを選んできたつもりで。
そうやって、進んでみると、
誰かが「絶対無理だよ」って言ったことも、
無理でなかったりして。
そういうことが積み重なるたび、私は自分が納得できない、
私にとっては根拠の甘い「無理だよ」とか「やめたほうがいい」っていう言葉を、
信じなくなったと思う。
頑固だと思われてるだろうけど、
それも事実だと思うし、
その先には、可能性があると思うからそうなるとこでもある。
私は、だれかの人生を「うらやましい」と思って生きるのはいや。
「素敵だな」と思うのと、
「うらやましい」と思うのは違う気がする。
もちろん、そう思うときもある。
でも、そういうときの私は、自分が自分に100%夢中になれてないときだと思う。
自分ががむしゃらに何かをしてる時、
私は誰かの人生をうらやましいとは思わずに、
自分の人生を思いっきり楽しめてると思う。
そして、まだ自分にはない、自分ができてないことをしてる人の人生を見て
心から素敵だと思う。
私も、そんな人生を進んでいきたいと思って、
それがエネルギーになる。
この前、アイナとLINEをしてて。
アイナは、私が本当に素敵だなと思う人生を歩んでる人の一人。
たまに会って話したり、こうしてメールで話したりして、
本当に刺激をもらう一人。
見た目は、細くて小さくて超美人でおしゃれで、女っぽい。
でも、中身は本当に男らしい、良い意味で。
自分の夢に対する情熱も、その行動力も決断力も、すごい。
第三者として、アイナを見ていると、
すごく自分の人生を楽しんでいて、
いつも果敢に挑戦していっていて、
すごくかっこよくて、いい生き方をしてるように見える。
でも、彼女自身は、そんなかっこいいだけの人生を歩んでるわけじゃない。
他人からは見えないところで、
かっこ悪い思いも、ふがいない思いも、たくさんして、
歯を食いしばって日々努力してる。
そのプレッシャーといったら、
おそらく私が感じたことのないものを背負って、
今の自分の夢に向かい、
自分の決めたこの決断を、自分の力で正解に変えていく毎日を、
がむしゃらに走ってるんだと思う。
すごくかっこいいけど、すごくキツイと思う。
でも。
そういう人は本当にキラキラしてる。
一生懸命な、夢中な人から出てるあのキラキラしたものは、
どんな美しさにも勝てないと思う。
そんなアイナと話したのが、たまたま私が仕事に行く前日で。
初日、意外にも緊張せずに行けたのは、
アイナと話して、
私自身が、自分の新しいスタートを、冷静に見れたからかもしれない。
緊張するという目前の事実よりも、
その先にあるこれからの未知の可能性を純粋に楽しみだと思えたのかもしれない。
ここにあとどれくらいいることになるのか、
今はまだ見当がつかないけど、
最短であと1年半程度で帰るとして、
そのときに自分が見ておきたいと思う、
自分が感じていたいと思うところに到達するために、
私は私なりにこの国になじんでみたいと思う。
英語も仕事も子育ても、わからないことだらけで。
でも、だからこそ楽しんでいきたいと思う。
どれだけ考えても、どれも捨てられなった私に、
この環境を与えてくれたことに本当に感謝しなきゃと思う。
本当にたくさんの人の理解が必要で、協力が必要で。
頑なにこの環境を望んだからには、それぞれのことに、
私自身の全力を出していきたいと思う。
きついときもあると思う。
でも、それでもたぶん、私は結局そういう環境を望んで、ここに戻ってくる。
ヒッポと暮らして5年半。
いつも同じようなことを悩んで悩んでグルグルしてて。
けど、結局ここに落ち着く。
100%理想の生活リズムが整えられなくても、
私は私自身の挑戦を、今はまだ止めることができないんだと思う。
家族のため、
妻として、
いろんな理由をくっつけて、自分を納得させようとしたけど、
そうじゃないんだと思う。
まだ、私は、
家族のため、妻として、を一番にする人生を望んでない。
だから、
自分自身の人生の挑戦を通して、
家族にも、妻としての自分にも、反映させていけるような人生にしたいと思う。
今は。
ここに来れたことは、私の努力ではない。
それに伴って、ここで働けることも、日本で考えたらあり得なかったと思う。
キャリアがなさすぎる。
そして、このタイミングで授かったベビのたくましさ。
決して居心地のいい環境じゃないかもしれない。
それでも、毎日元気に動いて、私を安心させてくれること。
遠く離れていても、見守ってくれているたくさんの友達と家族に、
本当に感謝しなきゃいけない。
だからこそ。
私なりの精一杯で、毎日を大事に楽しんでいこうと思う。
本当に、チャンスがあったらぜひ自分の目で見にきてほしいと思う場所だよ、ここ。
単純に私が会いたいからとかじゃなくて。
私たちは年末に一度日本へ帰るけど、
いくら私が話しても、どんなに細かく話しても、
五感を使ってでなければ感じられないことが、ケニアにはあると思う。
日本から距離も情報も遠く離れたアフリカのこの地には、
来なければわからないものが、たくさんある。
きっと、想像以上のいろんな感動を味わえるんじゃないかと思う。
だから、興味がある人は、ほんと自分の目で見てみてほしいと思う。
とにかく。
私は、ここでしばらくやってけそうだなって思える1か月が過ごせて本当に良かった(^∇^)