最近、なんとなく、1か月後の自分が何を感じてるんだろうかって
想像がつく。
たぶん、今と変わらずに、
毎日のいろんな発見に驚いたり、戸惑ったり、迷ったり、つまづいたりして、
聞き取れない英語に焦って、伝わらない英語に落ち込んで、
それでも毎日が刺激に溢れて楽しいだろうと思う。
私が好きな楽しさが、ここにはある。
オーストラリアに行って、本当に良かったと思う。
人生で、あんなにキツイ経験はなかったけど、
あの経験が私のベースを広げてくれたと思う。
そして、そこから、がっつりホームに戻らずに、大阪でまた少し違う日常を送ったことも、
今となっては本当にプラスだったと思う。
オーストラリア後ってことで、きつさなんて全然たいしたことなかったし、
1年半の間にプライベートで飲みに行ける相手もできた。
なんせ、言葉が通じるだけで、
ヒッポがいるだけで、
生活なんていくらでも広げていけた。
この前、初めてアガカーン病院へ検診に行き。
ずっと病院の心配をしていたお母さんに、
その様子をメールした。
お母さんは、かなりドライもいいとこで、ケニアに着いたときも私はLINEで電話したのに、
でなくて、折り返しがくることはなく、
簡単なメッセージで終わりっていう 笑
相当な放任主義で、これまでも好きにやらせてくれたと思う。
でも、私に興味がないわけでもなく、
心配していないわけでもなく、
とても愛情深い人だと思う。
母としても、妻としても、
私の最高の理想だと思う。
結婚する前も、してからも、私たち夫婦のことにも無関心で、
完全にほっとかれてる。
遊びに来いとしつこく言うこともないどころか、
呼ばれることがまずない 笑
でも、会えばいろいろ話すわけで、
基本は私の味方だし、私がヒッポの愚痴を言っては、
お母さんは私に同調してくれる。
それで一緒に笑ってくれる。
けど。
妻としての立ち位置を、私が一歩でも外れようとすると、
かなり冷たく、きつい一言をさらっと言う。
それは、完全に、夫を立てる妻としての意見。
私には、それが欠けているときがあって、時に、わがままが過ぎると、
お母さんのきっつーい一言が飛んでくる。
私は、なんでかお母さんのそういう一言がどうしても忘れられず、
そういう場合は確実に自分が折れる。
だから、たぶんヒッポもそんなお母さんに救われているはず。
でも、その境界線が本当にはっきりしていてすごいとおもう。
普段は、全然一緒になって
「ほんときーちゃんの話聞いてるとお父さんみたいでやーねー 笑」と
平気でガンガン言ってるくせに。
それが、お母さんとして、ヒッポを認めている証でもあると思う。
お母さんなりに、ヒッポの努力を見ていて、
私が見落としてる部分を指摘してくれてるんだと思う。
病院での様子をメールしたその返信には、
日本で毎日4か月間も顔を合わせていたのに一度も言わなかった本音がつづられていた。
お母さんが、こういうふうにメールを書いてくるときは、
稀で。
大事なことを伝えたいときにだけ、たまにこうして送ってくる。
そこには。
私がケニアで出産をすると言って、
心配してくれる家族の意見を聞かずに、こっちへ来たことについて、
お母さんの心情が書かれてた。
とにかく、病院が大丈夫そうなら良かったと。
日本で出産するといっても、いろんな病院のスタイルがあって、
お母さんが私を産んだときも、田舎の個人病院だったから、
そこよりも、ケニアの大学病院のほうがよほど進んでいるかもねと。
出産は病気ではないから、自分が大丈夫と思える場所で産むことが大切だと思うと。
いろんな心配をしてくれる人がいて、
いろんな意見をくれた人がいたけれど、
もちろん、いろんなことを想定しておくことは必要。
でも一番大切なのは、言葉にはできない空気や肌で感じるものだと思う。
子供が生まれてからは、親としてのいろんな体験ができるけど、
生まれるまでの時間も二人で大切に楽しんでほしかった。
赤ちゃんの服を買いに行ったとき、きーちゃんにもこういう初めての経験をさせてあげたいと思った。
体調もいい時期でちょうどよかったかもね。
日に日に成長していく姿を一緒に感じることができて。
そう書かれていて。
自分の中にあった不安が、消えた気がした。
こっちで出産するということに関して。
私の中で、今の状況で日本で出産するという選択はあり得なかったけど、
それはとても直感的なものであり、
経験してないことに対する確信なんて当然だけどなかった。
反対されるほどに不安になったのも事実。
でも、どんなに反対されても、何を言われても、
間違っているかもしれないと思っても、
考えが変わらなかったのも事実。
それは、どう説明したらいいかわからないけど、
妊娠してからの数か月のことでは説明がつかず、
彼と過ごしてきたこの数年間のすべての答えな気がした。
ナイロビは当初思っていたよりも、
発展しているし、場所によってはそんなに怖い感じもない。
でもそれは、ここに来て初めて肌でそう感じたことであり、
日本にいたときはそれはわからなかった。
だから、ヒッポにメールを送って、
丸一日返信がなかったりすると、
何かあったんじゃないかと、胸が張り裂ける思いだった。
心配しすぎだと笑う人もいるかもしれないけど、
心配しすぎではないと思う。
実際に、命を落とす人もいる。
こっちに来てからもそれは変わらない。
仕事で帰りが深夜になることがあるけど、
日本では、
「遅くなる」
の連絡だけでよかったけど、
今は何時ころ帰ってくるのか、だいたいの時間を聞くし、
それよりも遅れるときは、もう一度連絡してもらうことにしてる。
妊娠してから、子供が生まれて、家族が増えるっていうことが
本当に楽しみだし、
いろんなことを考える。
私は、ケニアでの出産を選んだとき、正直子供のためというよりは、
自分たち二人のためにそうえらんだと思う。
もっと言えば、自分のため。
生まれてくる命をもっと尊く考えるべきだし、
大人のような生命力のない弱く小さな命だということを、
もっと考えるべきだったかもしれない。
私は、ケニアに来ることが決まっても、
そんなことをいろいろ考えていて。
でも、私は子供が生まれても、やっぱり一番に考えるべきは
ヒッポであるべきなんじゃないかと思う。
順番なんていらないけど、
ヒッポを差し置いて、子供子供には、なりたくないと思った。
とか言ってる奴こそ、生まれたらそうなりそうだけどね 笑
子供はいずれ私たちのもとから巣立っていくけど、
ヒッポとはこれから一生、共に過ごしていくわけだから、
子供が巣立ったとき、
二人の生活をまた楽しめる関係で常にいたいとおもう。
実際に、こっちに来てみて。
離れていた4か月間が、どれほど激動だったのか、
それは、私の想像以上だった。
家は、ほぼ引っ越し時のまま。
↑とか言ったら怒られそうだけど 笑
まともにこの家で生活してたとは思えない。
本当に、とりあえずのご飯と、シャワーと、寝ること。
それ以外は疲れてボーっとしてたか、
仕事に明け暮れていたことが容易に想像できた。
妊婦の私が来たことで、心配は増えたかもしれないけど、
生活環境は確実に向上したと思うし、
それだけでもよかったと思える、私自身が。
やっぱり、生活環境を整えるのは大事だと思うし、
食生活もそうだけど、
いい仕事をするには、自分にとってのベストな状態ってある程度は必要だと私は思う。
それに、これは日本では言えなかったけど、
私自身が、ケニアでの生活をちゃんと経験してみたかったのも、
こっちにこのタイミングで来たかった理由のひとつだった。
こんなことを言ったら、
こんな時期になんてことを言ってるんだって怒られそうで、
誰にも言わなかったけど、
私自身も、
妻でもあるし、これからママにもなるわけだけど、
それ以前に一人の人間で、
私は誰かのためだけに生きられる性分ではない。
自分の人生を歩むうえで、家族のために生きたいし、
家族と一緒にいろんなことを経験していきたいと思ってる。
だから、ケニアでの生活は、私にとっての人生のチャンスであり、
新たな転機でもあり、
そこで仕事もできるとなったら、
こんなチャンスは私には手放すことなんてできなかった。
それも、本音だった。
この前、CVを書いていて、
ケニアでは、Personal Detailに
結婚してるか
を書くのがふつうらしく。
ヒッポに理由を聞いたら、予想通りの答え。
30歳、未婚の女性をとりたい?
45歳、未婚の男性ってどう思う?
と。
またか!!
ここでもか!!
と思い。
「じゃあ30歳、既婚の女性はいいわけ?!」って聞いたら。
「面接だったら、子供のこと聞くよね」って。
ちょっとイラっとして、
「面接で子供のこととか結婚のこととか聞くのって、失礼だよ!」って言った!!
ヒッポは笑ってたけど。
まぁ、たしかに、会社の立場からしたらそれもわからなくもないけど。
っていうやりとりをしてたらヒッポが。
フェイスブックだっけ?
どっかの会社で働いてる女性は、
結婚もしてて、子供もいて、それでもバリバリ働いてて、
産んだばかりのことは、やっぱり女性の社会の中での不利さを感じたけど、
ようは、そういう中で自分にできることをどうやっていくかだし、
どう表現するかで、
とにかく自分の理想の形に自分ができる限りの精一杯で動いたら、
今の形になったって話していたらしく。
それを聞いて、その通りだなと思った。
結局は、子供がいても、
家庭があっても、
その人に能力があって、会社が手放したくないと思う人材だったら、
多少の無理がきかなくても、
その人を必要とするだろうと。
そう思われないのは、自分が未熟であり、
能力不足、努力不足もあるんだと思った。
もちろん、それだけじゃすまないいろんな状況があるけど、
そうなりうるのは、誰にでも同じ。
だから、私は私のチャンスを、大事にしたいと思う。
今もまだ、
子供は無事に生まれてきてくれたわけではないし、
産むだけでは終わらず、
その後、健康に育っていってくれるかもわからない。
でも、こういう不安は、日本にいても同じだと思う。
病気に関しては日本のほうが医療は発展してるかもしれない。
たぶんしてるよね。
けど、ここにも日本人の医師もいるし、
私はいろんなことを考えてみたけど、
すべては結果論でしかないと思った。
ケニアで、なんの問題もなく本帰国まで過ごせれば、
ケニアで良かったねってなるし、
もし、なにか問題が起これば、
やっぱ日本がよかったねってなる。
日本で、何かがあれば、
仕方ないね・・・となるんだろうか。
でも、そんなことばかり考えていたら、
結局は日本から出ることなんてできない。
日本にしかない素晴らしさは、日本を出てみたほうが気づくことだってたくさんあるのに。
同時に、世界のおもしろさは、日本を飛び出してみなければ、
見えないことがたくさんある。
だから私たちはこういう人生を選んだと思う。
赤ちゃんは、親になれると判断された人のところに、
必要なタイミングで授かるって聞いたことがある。
それは、単なる気休めかもしれないけど、
私はその言葉を今は信じたいと思う。
ケニアで生まれることを、ベビもきっと選んでくれたんだと信じたいと思う。