Real estate = 不動産
最近新しく覚えた単語です。
てかさ、さっきスワヒリ語の本見てて思ったんだけど。
文法の原則を全く知らないから、全然文章作れない 笑
そう考えたら、英語なんて中級レベルだわ~と思えたわ 笑
どんだけプラス思考だよってかんじだけど!!
だって、
This is a pen.
スワヒリ語で言ったら、どれもわからん。
ペンってなんて言うの?
これはって?
ですとかいるの?
順番は日本方式?
英語方式?
全く知らない言語とは本当にすごい。
先週と今日のアナザースカイ見た?
中田英寿が出てたね~
まじかっこいいねー
人として、ほんとにかっこいい人なんだなって思ったよー
しかも、
英語
イタリア語
ポルトガル語
ペラペラじゃない?!
英語よりイタリア語の方が楽ですって言ってたけど、
英語もすばらしく流暢だったよ・・・
なんとなく、彼の性格的に、机に向かって一生懸命勉強したのではなく、
現地の人に興味を持って、
たくさん話して、教わって、覚えたのかなって気がする。
まーその方法がどうあれ、相当な努力あってこそだなって思いました。
DVDに焼いてケニアまで持ってこ。
英語もスワヒリ語も分からなくて、
ケニアにいることにも慣れてきたころ、
きっと、英語やスワヒリ語ばっかりなのに通じない毎日に、
人と関わることが億劫になってしまう時期がくると思う。
そのときに観ようと思います。
でも、いろんな国に行ったからこそ、日本の良さを改めて知ったって言ってたけど、
それは本当にそうだなって思う。
なんか、私も中田と同じこと考えてますってわけじゃなくてね。
単純に、オーストラリアに行ったときそう思った。
日本は私が思っていた以上に、世界の人から興味を持たれていたし、
私たち戦後何十年も経ってから生まれた人の多くが、
過去の世界とのもめごとや戦争にそこまで詳しく理解がない中で、
日本との関係を敏感に感じてる若者もたくさんいた。
でも、そういういろんなことをひっくるめて、
リアルな日本を知っているのは、やっぱり日本人だとも思った。
そして、私が思っていた以上に、世界に影響を与えた日本人や日本の文化は
たくさんあった。
さらに、オーストラリアに行って初めて、
私は自分が日本人であることをちゃんと認識した気がした。
それまで、ボランティアやチャリティーって、
はっきりとした活動をしていない以上、
簡単に興味があると言葉にしてはいけないと思っていて、
私は仲のいい友達にも一切、そういう類の話をしてはこなかったと思う。
だから、そういうことに関心がないと思われていたと思う。
自分自身も、そう思われて当然な自分だと思ってた。
でも、オーストラリアで私は海外の人たちにそれを変えさせられたと思う。
去年の震災のとき、私の周りの人たちの反応は、
私の予想を大いに上回るものだった。
みんなが真剣に、日本を心配していたし、
日本のためにできることをと、動くのも、日本人の私より早かった。
当の私は、周りのオージーや世界各国の人たちに引き込んでもらう形となった。
そのとき、思った。
応援のしかたも、心配のしかたも、
その瞬間の自分にできることをまず行動すること。
それが一番大切なこと。
言いにくいことも、聞きにくいことも、心配ならば本人に直接聞くこと。
なんて声をかけたらいいかな・・・なんて考える必要はない。
思いはちゃんと伝わると思った。
オージーはもちろん、
お互いに英語が堪能とは言えない同士でも、
目と声で、ちゃんと伝わるんだって思った。
私は、当初、日本に帰ってきたら、
そのまま東北へ飛ぼうと思ってた。
ちょうど、私が帰国するころから、一般のボランティアも募集し始めてた。
でも、それはいろいろと理由があって実現することができなかった。
それからは、今の私がここにいてできることを、少しずつしてる。
ただ、あのとき、東北へ飛ぼうと思った気持ちは過去の自分には、
あのタイミングでは思えなかったことだったと思う。
もっとちゃんといろんなことを考えてからとか、
正直、勇気がないだけの言いわけを頭の中にたくさん並べたと思う。
でも、それを変えてくれたのは、
日本ではなくて、海外の人たちの思いだったと思う。
海を越えて、こんなに日本が心配されるなんて。
それを目の当たりにした衝撃があまりにも大きかった。
当時、毎日オーストラリアでも報道されていたけど、
日本に帰ってきてからの日本の報道に比べて、
情報量は圧倒的に少なかったと思う。
同じ日本語でも、映像のない文字と写真だけのネットニュースもまた、
海外に行って初めて感じる種類のもどかしさがあった。
難しいことをちくちく考えてる時間なんて無駄。
行くのが邪魔ならば、募集なんてかからない。
自分のすることが、万人から喜ばれるわけない。
知らぬ間に、人を傷つけることもきっとある。
でも、思ったことを行動しなかったら、何も伝わらない。
何も届かない。
何を望まれているのかさえ知ることもできない。
それを本当に学んだと思う。
私は、将来自分が何をしたいのか、まだ模索中。
10年前の方が、将来の自分をはっきり想像できたかもしれない。
でも、この10年の経験は私には本当に大きくて、
見たいものがどんどん変化した。
ケニアへ行ったら、ケニアでしか聞けないことをたくさん聞きたいと思う。
ケニアに住んでる人たちが何を考えてるのか知りたいと思う。
仕事も変わって、またこの前までの事務所とは全然違う仕事をして、
その仕事から何かヒントを得るかもしれないし、
衝撃的なヒントは得ないかもしれない。
でも、結局はどんなことをするのでも、
相手が本当に望んでいることを形にする努力のあることをしなければ意味がないと思う。
ただやみくもに寄付や募金をしても、
それがどこでどう使われていて、どんな風に役に立ち、
それが与えられた人達は、何を望んでいるのか、
そこに近づかなかったら、そこにかかる労力や資金のわりに、
Happyは小さいかもしれない。
今、バングラディッシュのグラミン銀行に関する本を読んでるんだけど。
これはもともとヒッポが借りてきた本で、
ヒッポが、私が絶対好きな内容だからって貸してくれたんだけど。
ここにも同じようなことが書いてある。
もともとは、私にはそこに気づくきっかけはなくて、
人から言われて知ったんだけど、本当に行動してる人たちは案外共通して持ってる
考えなのかもしれない。
中田のしてることも、その人が言ってたことや、
グラミン銀行の本に書かれてることと、
その根本は共通する何かがあるような気がした。
グラミンの本はまた別の機会に写真載せるね~
っていうか、不動産のこと書こうとしたのに、
前置きどころじゃなくなっちゃったから終わるわ 笑
全然題名と関係ない内容になっちった 笑