世の中にはいろんな人がいる。
いろんな立場があって、いろんな状況がある。
興味や感心も人それぞれ。
だから意味があるような気がする。
だから、刺激があるし、他人に魅力を感じるんだと思う。
自分の生き方は自分が決める。
自分で選ぶ。
そんな当然なことに、時々戸惑う。
一人で、グズグズ迷ってるうちに、悩んでるうちに、世の中の人はとっくに動いてる。
大それたことなんてしなくても、誰も気づかないような小さなことでも、それがたった一人でも喜ばせることができたら、小さな幸せを感じてもらうことができたら、
それこそ生きる価値があるような気がする。
ただ考えるだけで、何も行動しないのなら、何も意味がないこともある。
自分の置かれた現実があるのなんて、誰もが同じ。
それでも、動いているひとはいる。
あたしは、目の前のことに気を取られて、足踏みばかりだったように思う。
かといって、現実にある状況を崩しても誰も喜ばない。
一日一日を、しっかり歩んで、確実に行動にしていきたいとおもった。
東日本大震災。
あたしはオーストラリアにいた。
地震が起きてから、家族の無事は知れたけど、ブは出張かもしれなかった。いちいち、いつどこへ出張に行ってるかなんて確認してなかった。
電話はつながらなかった。
日本の回線はパニックになり、どこへかけても同じだと思いながら、電話をかけ続けた。
これまでの人生で、私にとっては一番恐かった時間だった。
ブからの電話で無事を知ったとき、それまで血の気が引いて冷たくなって痺れていた手足に、一気に血が巡っていくのを感じた。
涙が溢れて止まらなかった。
涙までもが熱かった。
離れていたからこそ、日本が見えないからこそ、感じたことがあった。
私が日本へ帰国するころから、一般のボランティアも受け入れられていた。
行こうとした。
帰国後、1カ月、行こうとおもった。
でも、ブに、日本に帰ってきて、現実を把握してから判断してほしいと言われた。
帰国して、怒濤の日々だった。
なぜ、ブがそう言ったのかは聞くまでもなかった。
でも、ここにいても、大金をもってなくても、できることがあるはずだって思った。
難しいことをやろうとすることばかりが大切なんじゃない。
考えてばかりで、結局、動いていない自分が一番無駄だと思った。
動こう。
今、できることから。
いろんな立場があって、いろんな状況がある。
興味や感心も人それぞれ。
だから意味があるような気がする。
だから、刺激があるし、他人に魅力を感じるんだと思う。
自分の生き方は自分が決める。
自分で選ぶ。
そんな当然なことに、時々戸惑う。
一人で、グズグズ迷ってるうちに、悩んでるうちに、世の中の人はとっくに動いてる。
大それたことなんてしなくても、誰も気づかないような小さなことでも、それがたった一人でも喜ばせることができたら、小さな幸せを感じてもらうことができたら、
それこそ生きる価値があるような気がする。
ただ考えるだけで、何も行動しないのなら、何も意味がないこともある。
自分の置かれた現実があるのなんて、誰もが同じ。
それでも、動いているひとはいる。
あたしは、目の前のことに気を取られて、足踏みばかりだったように思う。
かといって、現実にある状況を崩しても誰も喜ばない。
一日一日を、しっかり歩んで、確実に行動にしていきたいとおもった。
東日本大震災。
あたしはオーストラリアにいた。
地震が起きてから、家族の無事は知れたけど、ブは出張かもしれなかった。いちいち、いつどこへ出張に行ってるかなんて確認してなかった。
電話はつながらなかった。
日本の回線はパニックになり、どこへかけても同じだと思いながら、電話をかけ続けた。
これまでの人生で、私にとっては一番恐かった時間だった。
ブからの電話で無事を知ったとき、それまで血の気が引いて冷たくなって痺れていた手足に、一気に血が巡っていくのを感じた。
涙が溢れて止まらなかった。
涙までもが熱かった。
離れていたからこそ、日本が見えないからこそ、感じたことがあった。
私が日本へ帰国するころから、一般のボランティアも受け入れられていた。
行こうとした。
帰国後、1カ月、行こうとおもった。
でも、ブに、日本に帰ってきて、現実を把握してから判断してほしいと言われた。
帰国して、怒濤の日々だった。
なぜ、ブがそう言ったのかは聞くまでもなかった。
でも、ここにいても、大金をもってなくても、できることがあるはずだって思った。
難しいことをやろうとすることばかりが大切なんじゃない。
考えてばかりで、結局、動いていない自分が一番無駄だと思った。
動こう。
今、できることから。