ハーバーブリッジ
海外に行った経験を、本当の意味で生かすって、どういうことなのか、
もっと頭の中を整理整頓してみたら?
そう言われた。
英語は、日本を出なくたって、本人次第では話せるようにもなるし、
それを使う場にだって身をおくことができる。
確かに、英語を話せることは大事なことだけど、
本当の意味はそこにないんじゃないかって。
英語は日本にいても勉強できるけれど、
生活は現地に行かなければ経験できない。
日本で外人にいくら囲まれて生活したって、
それは海外での生活の経験とは違う。
そこで、自分が見てきた全てに価値が生まれると。
そして、それを生かすも殺すも自分次第。
私は、
帰国してもうすぐ1ヶ月が経つ。
慣れない大阪の地では、
友達もいなくて、
まるで外国のようにも思える。
あまりにもあたしが生まれ育った町とは違う。
それでも。
孤独感は感じない。
外を歩けば、人が何を話しているのか聞こえるし、
お店に入れば、店員さんと会話する。
そんな当たり前のことが、
本当はとても大きいこと。
人が生きていく上で、そんな小さなコミュニケーションが、
あたしはとても大きいことだと思う。
便利な世の中は、
ネットを通じてテレビ電話だって可能だけど。
映像は、映像に過ぎない。
そう思う。
それでも映像が使えることはありがたいと思うけど。
それなのに。
こうして1ヶ月近く日本で過ごして、
オーストラリアを振り返って思うこと。
なんて淋しかったんだろう。
日を追うごとに、あたしはそう感じる。
あんなにも懇願して現実になった海外の生活も、
また一人で行くってなったら、どうだろう。
行かないかもしれない。
ブが一緒なんだったら、あたしは喜んで行きたい。
その差はなんだろうか。
もちろん、単純に彼がいることがあたしにとって、莫大な安心であることは確か。
いなかったことによって、
いかに自分が自分に負荷をかけて過ごしていたのかも明らかだった。
でも、彼の存在一つで、
180度意見が変わる。
自分でも不思議なくらい。
それって。
あたし自身が、海外に対して感じている魅力や可能性は、明らかにあるし、
それを探求してみたいっていう気持ちがあって、
でも、その半面では、
単純に一人の人間として、一番心を許せる人が絶対に必要なんだって思ってる。
今のあたしの海外での経験なんて、
経験と呼べるほどのことなんて一体何があっただろうかってくらいの経験に過ぎない。
ただ、そこは重要じゃない。
あたし自身がそれをどう感じたか。
それによって、何を見てきたのか。
何を考え、何を感じてきたのか。
重要なのはそこにあって、
じゃあその経験を、あたし自身がどういう風にこれからの人生に反映させていくの?
そこなんだと思う。
でも、今のあたしは、まだそこが浅い気がする。
一番、大事なところが、
つかめていない感じがする。
とりあえず。
整理整頓してみる。。。。
