砺波市の神殿狛犬 | 尾田武雄のブログ

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はじめに

 いろんな神社にお参りに行くと、参道の鳥居をくぐると向かって右に「あ(阿)」と口を開け、左に「うん(吽)」と口を閉める狛犬に出会うことができる。これは神社の何気ない風景である。狛犬の造形はみな同じように、単調で石組みやコンクリート造りの台座に石造の狛犬が鎮座している。参道にある狛犬は、野にある石仏のように、あまり調査されていない。それは同じような姿であり、案外新しい造像であり、変化に乏しいのもその理由であろう。しかしながら地域によりバラエティーな造形があり、最近注目されている。狛犬が参道に居ることは当然のように思われるが、実は神社の神殿の中にも木造や青銅製それに石造の狛犬があり、その造形も多様である。それらは案外古く、全国的には平安時代からの江戸時代にかけての造像が多く、文化財指定になっているものが多々ある。

 富山県内の神殿狛犬については長島勝正①が精力的に調査報告されその成果は『越中の彫刻』等がある。県指定文化財の高岡市見多気神社の狛犬は鎌倉期の制作とされている。各市町村でも表のように指定狛犬があり、鎌倉期以降の制作とみられている。また古川知明等の富山市埋蔵文化財センター編『富山市内石造物等調査報告書Ⅱ』(平成25年刊)②では医王山東薬寺蔵狛犬の報告がある。長島勝正等の『越中の彫刻』では「杉材の一木造で、鎌倉時代の作」と紹介されているが、ここでは「運慶様式と呼ぶ鎌倉以降の作風」とされている。

 石造神殿狛犬は京田良志③が石造美術史の観点から報告され、在銘狛犬で「天文廿四年」(1555)の銘がある高岡市吉久神明社狛犬は、福井県産出の笏谷石製で県内在銘では最も古いとされている。西井龍儀、宮田進一らが『氷見市史10 資料編八文化遺産』④で、薮田石製の「狛犬」言及され、中世の石造小型狛犬についての研究の先鞭を切られた。その後「越中の小型狛犬・越前狛犬」として西井龍儀、久々 忠義が『日引 特集「越前狛犬・小型狛犬」第14号2015年3月』に発表した。他に平成22年度富山市大山歴史民俗資料館では小林高範を中心に「さまざまな狛犬の姿と形」企画展が開かれ、富山市指定有形民俗文化財有峰の木製狛犬が紹介され、図録も発刊された。

 参道狛犬については北陸石仏の会の尾田武雄「富山県の野にある狛犬」⑤があり、調査が進められ、参道狛犬の実態が明らかになってきた。また北陸石仏の会会員酒井靖春、平井一雄の調査が精力的に行われている。

さて砺波市内には、寺院や神社がたくさんある。市内の宗教法人は「富山県知事管轄宗教法人台帳(2014)」によると仏教系寺院数が89カ寺、神社数は143社が報告されている。『富山縣神社誌』⑥では、旧砺波市116社と旧庄川町24社を合わせると140社があり、『砺波市史資料編4 民俗・社寺』⑦では120社、『庄川町史 上巻』⑧で24社、合計153社の報告がある。神社数の減少は山村地域の過疎化などのよる廃村が一因かと思われる。

今回、砺波市教育委員会では、この市内全域の神社の神殿狛犬の悉皆調査をし、数少ない神殿狛犬にスポットを当て調査した。

 

 

狛犬の起源

 日本の古墳時代には、古墳の副葬品などに、獅子の頭部が彫刻されている太刀の柄頭である環頭が確認されている。その後、平安時代になると舞楽で「獅子・狛犬の舞」が演じられたといわれている。平安後期に編纂された宮中などの儀式・調度品などについての解説書である『類聚雑要抄』には、「左獅子 於色黄 口開」「右胡麻犬 於色白 不開口在角」とある。ここで言う獅子とはライオンの原像であり、狛犬は高麗の犬であり、大陸から伝来した珍しい犬という意味合いである。獅子と狛犬の差異は、獅子は口を開け、狛犬は口を閉じていることである。色見の黄色は金・白色は銀のことである。これを阿吽と言い、梵語に由来する。「阿」は字母の初韻であり、「呍」は終韻で、一切万有の原理を示すとされる。息の呼吸の出入を称して「阿吽の息」といい、さらに非常に息の合うことを「阿吽の呼吸」などと称される。この阿吽は寺院の門前の仁王像や神社内の随身もこの表情である。奈良、平安時代の狛犬は宮中において唐の制度様式に倣った調度の一つとして置かれ、そこから神社・寺院に広がった。神社には神像があるが、その前に置かれたのが狛犬であり、これがいわゆる神殿狛犬である。この狛犬は小型の木彫のもが多かったとみられている。

平安時代末では隣県石川県の加賀一宮白山比咩神社1対の国重要文化財「木造獅子狛犬」(写真№ )がある。檜材、寄木造。細身で頭部・体軀・四肢のバランスがよく、端正な姿の狛犬。奥州の藤原秀衡が奉納したとも伝える。

 鎌倉時代にはいると写実的で、活き活きとした躍動感、迫力、重厚さがある。同白山比咩神社の国重要文化財「木造狛犬」(写真№ )は檜材、寄木造。全身に黒漆が塗られ、唇に朱、歯に金泥が施されている。肉付のよい胸をぐっとそらす力強く堂々とした体軀は、鎌倉時代の特色を示している。その後室町時代に入ると、一種の抽象化が始まり、太平の徳川時代に入り、去勢された動物のような形態になってくる。江戸時代に入ると、体全体の力が抜けて、造形的な面白さを追い、かつての活き活きとした激しさや厳しさは見られなくなった。

 当初、狛犬は本殿内の神像、の前に置かれ、それがしだいに階上垂木の軒下へ移り、形もそれにしたがって大きくなった。やがて境内に置かれるようになると、露天のため石造となり形もさらに大きくなったのである。⑨

写真 白山比賣神社の狛犬 2枚

 

県内の神殿狛犬

 富山県内の神道系宗教法人数は神社本庁、その他の包括団体、単立を含めると2316社がある。(富山県『富山県宗教法人名簿』昭和54年版により。『富山県史 現代統計図表428頁』)そこには、当然参道狛犬は当然であるが、神殿狛犬も鎮座しているはずである。知るすべはないが、県内市町村の狛犬の指定文化財を見てみたい。(表№)

県指定文化財が高岡市月野谷見多気神社の木造狛犬1対(写真№)のみが指定になっている。この狛犬は檜材、寄木、南北朝初期の作と考えられている。ほか市町としては、富山市亀谷の大山歴史民俗資料館所蔵の有峰狛犬は有形民俗文化財(写真№)としてあり、13対は彫刻としての指定である。全15対の内、12対が木造であり3対が石造である。石造の内に対は緑色凝灰岩の笏谷石製であり、中世の石造物であり、石祠の前に置かれたやや小ぶりで、頭髪がおかっぱの越前狛犬である。木造を含めたこれらのすべてが神殿狛犬に分類される。

 参道狛犬

 狛犬と言えば、一般に神社などの参道にある多くの狛犬をイメージされる方が多いと思われる。神殿狛犬を理解するためにも参道にある狛犬についても報告しておきたい。砺波市内の参道狛犬については、「砺波の参道狛犬」⑩として発表した。平成27年に市内の神社135社を訪ね参道狛犬について調査をし、それについて報告したい。神社内での狛犬数が128対、年次在銘が87対、江戸時代の造像年はなく、明治時代が5対、大正時代が24対、昭和戦前が23対、昭和戦後が23対、平成が12対ある。砺波市内の参道狛犬の造像は神社の合祀のきっかけによるものがほとんどであろうと思われる。

 狛犬のない神社は25社あった。これは氏子数が少なく狛犬を迎え入れることができなかったのが一因であろう。また油田地区の中村は、砺波市街地の北東部に位置し、市役所のある地で、神明社がある。この村の神様は猿であり、犬を嫌われるので犬を飼う家が家はなかったといわれる。そのためか、この神社では狛犬を建立されることはなったとされ、現在も無い。

参道狛犬の造像が江戸時代後期から明治初期のものと思われるのは、安川日吉神社内にある神明社に鎮座する狛犬である。このような狛犬は少なく、高岡市中田移田八幡宮内末社広川社には台座に「文政二年」銘のある狛犬があり、造像年の参考になるであろう。昭和60年代に入ると中国製狛犬が入り込み、平成になるとほとんどが中国製になる。明治期から昭和前期は地元石工の製作が多く、また富山県東部や関西方面、出雲地方、金沢石工の進出も見受けられる。

 それでも参道狛犬が、設置される明治後期から昭和の戦前までは、地方の石工による造像が行われ、特徴的な狛犬が出現してくる。狛犬の全国的な移入もみられる。県内では、常願寺川流域の石工集団の狛犬が見られ、砺波地方では井波石工の森野善四郎作の独特の左右とも「阿形」の狛犬が多々見受けられる。関西の御影石や花崗岩で制作されたもの、また出雲の来待石製の狛犬、金沢石工の躍動感のある狛犬など多彩である。それらの狛犬も造像から百年を過ぎようとしており、風化が激しし立て替えの時期に来ており、均質で同じような外国製狛犬に替えられようとしている。

 

 

①    長島勝正著・風間耕司写真『越中の彫刻』(昭和50年刊)

②    富山市埋蔵文化財センター編『富山市内石造物等調査報告書』(平成25年刊)収載「Ⅱ市内木造彫刻調査 1-1 医王山東薬寺蔵狛犬等」

③    京田良志著『富山の石造美術』((昭和51年刊)

④    氷見市史編さん委員会『氷見市史10 資料編八文化遺産』(平成19年刊)その後石造物研究会会誌『日引第14号特集2015年3月「越前狛犬・小型狛犬』成果を発表される。

⑤    尾田武雄著『北陸石仏の会研究紀要』(第3号平成21年)

⑥    富山県神社庁編『富山縣神社誌』(昭和58年11月刊)

⑦    砺波市史編纂委員会編『砺波市史資料編4 民俗・社寺』(平成6年刊)

⑧    庄川町史編纂室編『庄川町史 上巻』(昭和50年刊)

⑨    上杉千郷著『狛犬事典』(平成13年刊)

⑩    『砺波散村地域研究所研究紀要』第38号(令和3年刊)

 

『砺波市神殿狛犬調査報告書』

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