ウチの職場の小田和正 | フォークシンガー「おだしょう」〜落ち葉拾いの小径で

フォークシンガー「おだしょう」〜落ち葉拾いの小径で

日々の暮らしのなかで、拾い集めた落ち葉に火を灯すように…歌っています。

職場(地域包括支援センター)の保健師が、若年性認知症の支援に関わっている。


先週、その保健師を訪ねて、当事者の女性が夫に付き添われてやってきた。外見からも間違いなく自分と同世代の方だと分かる。


保健師が女性の服装をさり気なく褒めると「小田和正のコンサートに行った時の服なんです。小田さんが大好きで、何度もコンサートに行ってます!」と弾んだ声が聞えてきた。

 

「うちの事務所にも小田和正がいますよ」と保健師は言葉を返す。まさしくこれは私のことだろう。確かに苗字は共通だが、それ以外は似ても似つかない。





はて?


いやいや、小田和正と共通していることはあるぞ。相手は小田和正とはいえ、自分も同じミュージシャンだ!と思い込んで、当事者の女性に向きあって自己紹介をした。いろいろ言葉を交わす中で、どうやら彼女はオフコース時代からのコアな小田和正ファンだということが分かった。

 

そして一昨日。

 

再び女性がやってくるという情報を保健師からキャッチしていた地域包括支援センターの小田和正は、事前にオフコースの弾き語り楽譜とキーボードを事務所の片隅に準備していた。

 

そして予定通り、女性が夫と一緒に事務所にやってきた。脚をケガして松葉杖で応対する私を、彼女は真っ先に気遣ってくれた。とても優しい人柄が分かる。そんな彼女を相談室に案内し、何食わぬ顔で保健師と彼女との会話に入りこんでいた。


少しの談笑のあと、そろそろいくか…。


保健師に目配せし、キーボードを準備してもらった。同時に机の下からオフコースの楽譜を取り出し彼女に見せると、目を見開いて驚いていた。

 

「さよなら」のイントロを弾くと、ハッとしたような表情になる彼女は、そのまま一緒に歌いだした。続いて「愛を止めないで」「秋の気配」など、よく知られたヒット曲を弾き語ると、歌詞が頭に入っているのか、笑顔で歌い出す。


間をおかず、オフコースファンしか知らないような曲をいくつか弾き語りした。「愛の唄」「雨の降る日に」「水曜日の午後」…。さすが彼女はコアな小田和正ファンである。自然と一緒に歌っているその顔を見ると、笑顔を浮かべる目から涙が流れていたのだ。

 




若年性認知症は、65歳未満で発症する認知症のことをいう。いわゆる現役世代で発症するために、高齢になって発症する認知症とは違う観点からの支援が必要となる。

 

認知症になると何もできなくなる?周りが困っていても、どうせ本人は何も分からない?


これは世間に横たわる大きな偏見である。認知症になっても出来ることはたくさんあるし、感情は比較的ずっと保たれる。そして何より、一番困っているのは認知症の方自身なのである。

 

帰り際、彼女はこう言って去っていった。


「思いがけずオフコースが聴けて嬉しかった。これで私の認知症も治るかしら」


現代医学では認知症の完治はない。しかし感情が揺さぶられる体験は、脳を活性化させる効果がある。


ソーシャルワーカーとミュージシャンの二刀流が、役に立ったと信じたい。