抑えきれない思いとは、フォークシンガーとして歌いだしたいということ。
東京に行けば何とかなる。後先のことを考えず、仙台発、上野に向かう各駅停車に乗った。機関車が引っ張る旧式の列車編成。まさにお誂え向きである。ポケットには、五木寛之氏のエッセイ「風に吹かれて」を突っ込んでいた。
上野駅で家出少年を保護する私服警官に見つかり、どこから来たのかと声をかけられた。
「家出じゃないべ。旅してるんだべ。親の許可もらってんだからよ、問題ねえべ!」と切り返し、腕を掴みかけられたが振りほどいて山手線の人混みの中へ紛れた。それから先のことは、あまりに恥ずかしいので綴らない。
それより今回は、家出の友にした五木寛之氏の作品について、影響を受けたことを綴りたい。
「風に吹かれて」をきっかけに、氏の小説は「野火子」「青年は荒野を目指す」「さらばモスクワ愚連隊」「青春の門」…など、次々に読み漁った
家出を失敗して数十年後。未だに五木寛之氏の作品を読む自分がここにいる。「大河の一滴」「林住期」「下山の思想」…。氏は既に小説から切り替えて、仏教的な思想をもとにした、人生指南のエッセイを世に送り出している。
内なる声に耳を傾けよ。氏は繰り返しそう語る。
ある程度年を重ねたら、体が発する声をきちんと聞けということだろう。
一昨日、内なる声に耳を傾けず、大ケガを負った。
やめておいたほうがいい。はっきりと、体はそう声を発していたのに、それに従わず無視した結果が大ケガである。
いつまでも風に吹かれていたいのかい。ならば内なる声を聞け。
五木寛之氏の作品は、今ではそう語りかけてくる。
年齢相応の「風に吹かれて」があるということだろう。
