生きるヒント~震災の被災者に同情する必要はない?! | お団子のブログ

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 このところ、日本の若者には災難が降り注いでいる。NZのクライストチャーチには


富山県を中心とした専門学校の生徒が研修中に大地震に遭って死者多数。そのニ


ュースを吹き飛ばすかのような二万人超にまで上りつめた今回の3月11日の東北


関東大震災。今の若者は停電を経験したことがないから、「クールに行動」している


と海外メディアが絶賛する日本人の中、内心不安だらけではないだろうか?


 今回はスピリチュアルな面からこの震災について語りたい。ニューヨーク発信の


スピリチュアルを謳うブログを読んでいたら、「この震災は天罰ではない」(石原都知


事時発言については日を改めて述べます)とか「本当は東京に起こっていたはずの


ところを尊い魂が犠牲になってくれた」などと書かれていてニューヨークでわずかな


情報を入手して書いているので無理もないものの、不安をあおるような内容だった。


そのブログの筆者たちは霊能者ではあるものの、「普段はメディアを見ない」とのた


もうた。この人、運だけて40代まで来たのでこれからは学びが必要な段階だから、


池上彰の学べるニュースでも買って世の中の情勢を知ればいいのだけど、おせっか


いかもね。また、普段は「自分のしたことが自分に降りかかる」と書いているので、こ


れまた矛盾。ブログの筆者自身、かなり混乱しているのでは?だいたい魂に「尊い」


と「尊くない」というのがあるのだろうか?とにかく、こういった情報に一喜一憂しない


ように喚起したいものだ。


 昨今、「伊達直人」「タイガーマスク」現象として恵まれない子供たちへの匿名の寄


付が全国に広がっている。それ自体、「オレオレ詐欺」なんかよりはまだ良いけれ


ど、もし、その「善意」が過去への罪悪感、後ろめたさ、贖罪、不安、恐怖の気持ち


から発しているとしたら事態はややこしい。企業が被災地に突然支援物資を送り出


したのにも「自分のところだけが支援しないと後でたたかれる」という不安を感じる。


もちろん、純粋な気持ちの経営者もいるだろうけれど、毎日のように新聞に哀悼の


意をささげている企業の広告をみて、「今までチャンスがなかった女性を起用しよう


ともしなかったくせに」「過労死で亡くなった男性の家族の主張を認めもしなかったく


せに」という普段の企業の冷たさを思うとこういった気持が浮かんでくるのは否めな


い。


 ここでは、いまを生きる若者へ向けて生きるヒントを掲げたい。


『神との対話①』(二ール・ドナルド・ワルシュ著 吉田利子訳 サンマーク出版)の


56ページにはこんな言葉がある:


”宇宙では、どう考えてもあなたがたが引き起こしたとか、創造したとか言えないこと


も起こっている。これらの出来事は、人間の意識の集積によって創造される。


全世界がこれらの経験を生じさせている。ひとりひとりは、そうした出来事のなかを


動きまわり、自分にとってどんな意味を(意味があるとして)もっているのか、そうした


出来事と向かいあったとき、自分は何者であるかを決定する。


あなたがたは集団として、また個人として、魂の発達という目的に向かって、自分


たちの人生と時を創造している。


あなた[筆者二ール]は、もっと苦痛の少ないプロセスはないのか、とたずねた。答


えはイエスだ。しかし表面的な経験には何も変化はないだろう。地上の経験や出来


事に感じる苦痛---自分の苦痛も他者の苦痛も---を減らすには、受けとめ方を変


えればいい。あなたがたは、外部の出来事を変えることはできない(出来事は多数


によって創造されており、集団的に創造されたものを個人が変更できるほど、あなた


がたの意識は成長していない)。だから、内的な経験を変えるしかない。これが、生


きることの王道である。(中略)


ものごとを勝手に決めつけるから、苦しむのだ。決めつけるのをやめれば、苦痛は


なくなる。決めつけるのはそれまでの経験のせいだ。ものごとに対する考え方は過


去の考えから生まれる。(中略)


非難したら、その相手に非難されるし、一方的に決めつけたら、いつかは自分が


決めつけられる側になる。


それよりも、真の自分の姿を反映しなくなったことがらを変えるように---あるいは、


変えようとしているひとたちに味方するように努力しなさい。”


 集団(集合)意識については『神との対話②』(二ール・ドナルド・ワルシュ著 吉田


利子訳 サンマーク出版)の83ページでもこう語られている:


”集団(グループ)意識というのは、あまり理解されていないが、きわめて強力なもの


で、注意しないと個人の意識をはるかにしのいでしまう。だから、地球上の大きな


人生経験が調和のとれたものであってほしいなら、どこにいても、何をしても、自分


自身も集団意識を創り出そうと努力しなければならない。


あなたの意思を反映しない集団意識をもったグループにいて、集団意識をうまく変


更できないとしたら、そこから離れたほうがいい。そうしないと、グループに引きずり


まわされてしまう。あなたの意思とは関係なく、グループが行きたいところへ連れて


いかれてしまうよ。”


 さて、「日本」という「集団意識」はあなたの意思を反映しているだろうか?本当に


「平和な」日本(放射線の量を毎日気にしながら通勤通学しなければならないのが


本当の「平和」ならの話だが)がよいといって君たちの意識の中で海外離れが進ん


だままでいいのだろうか?また、こうも述べている:


”自分の意識とあった集団意識をもつグループが見つからないなら、自分で創り


なさい。そうすれば、似たような意識をもった人びとが引き寄せられてくるだろう。”


そして、「対話」はヒトラーにまで及ぶ(”ヒトラーは天国へ行った”という前書きの後で


だ):


”ヒトラーは、何百万人もの人びとが協力し、支援し、積極的に服従しなければ、何も


できなかった。だからドイツ人と呼ばれる小グループは、ホロコーストの責任をになう


べきだ。しかし、ある意味では、人類という大きなグループにも責任がある。人類


は、どんなに冷酷な孤立主義者でも無視できないほど惨事がひろがるまで、ドイツ


国内の苦しみに無関心で、鈍感だったのだから。いいかね、ナチの運動を発展さ


せた肥沃(ひよく)な土壌は、集合意識だった。ヒトラーはそのチャンスをつかんだ


だけで、創り出したわけではない。”(85ページ)


 そして、最後に今回の東日本の大地震で「犠牲」になった人びとへも向けられる


ことができるような言葉で締めくくられている:


”だから、まず理解しなければならないのは---すでに説明したとおりーヒトラーは誰


も傷つけはしなかったとういうことだ。ある意味では、彼は苦痛を強いたのではなく、


終わらせたのだよ。


「人生は苦である」と言ったのは仏陀だが、彼の言うとおりだ。”(89ページ)


  この言葉はやるせないが、同時に今回亡くなった人びとやその家族を慰め、真


実を告げていると筆者は思う。



では、またね~。