小田祇園祭に行ってきました。つくば市指定無形文化財に指定記念として数回の餅まきもあって大賑わい。

 

 

五十嵐市長、国光外務副大臣、鈴木県議にも来場いただきました。白熱のクライマックスは5回の顔合わせ。迫力満点でした。ヨシムラミートでハイボール今年も飲み過ぎました。

 

 

小田祇園祭は、中部区と東部区の区境で大獅子&神輿の顔合わせでクライマックス。大獅子は髪を揺すらせ、上下に動き身体を膨らませて威嚇するかの様子。神輿は、天高く担ぎ棒を突き上げる。

 

 

 

お決まりの大獅子の頭に、孫を入れさせてもらった。無病息災・厄除け、魔除け・知恵を授かる・学業成績、出世祈願の意味があります。「獅子が噛みつくと神が付く」という語呂合わせからも縁起が良いとされています。

 

 

 

「小田の祇園祭」つくば市指定文化財に指定しました。地域の皆様のお陰で指定文化財となりました。

1.名所 小田の祇園祭

2.種別 無形民俗文化財

3.所在地 小田東部区・中部区

4.保存団体 小田東部区・八坂神社お囃子・小田大獅子保存会

5.(1)概要

小田東部区に所在する八坂神社の民俗行事で、①神輿の東部区の巡幸、②神輿の巡幸・帰御

に伴って演奏される「御神輿囃子」 、③中部の「小田の大獅子」の巡幸、④東部区の神輿と中部区の大獅子とがせめぎあう「顔合わせ」からなるものとする。

(2)小田祇園祭の由来と神輿の巡幸

・ 小田八坂神社は慶安4年(1651 年)の創建で、祇園祭も創建の頃からと推測され、江戸時代中期の文書では神輿の巡幸や太鼓等の使用が確認できる。

・ 昼間から夕方に東部区を巡幸し、夕方までに御仮屋に戻る。

・ 現在はこの間の行事を主に東部区が担当している。

(3)小田の大獅子

・ 中部区の小田の大獅子は、獅子頭に続く長い胴体を動かしながら練り歩く行事。起源は不詳だが、慶応元年(1865 年)寄贈の獅子頭が現存している。

・ 昼間から夕方に中部区を巡幸。大きな胴体を約 30 人で上げ下げし、蛇行しながら練り歩く。

・ 大獅子は毎年、獅子頭に胴体とたてがみを付けて作成され、作り方は若手へと伝承される。栃木県鬼怒川流域で採取したササバモで作られるたてがみは「神藻・モク」と呼ばれ、神聖な魔除けとして各戸に配られる。

・ 現在は小田大獅子保存会が伝承している。

(4)顔合わせ

・ 小田の祇園祭では、東部の神輿と中部の大獅子が区の境界で激しくせめぎあう「顔合わせ」が、大きな山場となる。夜8時頃から5回行われ、神輿と大獅子が互いに高さを競ってもみあう。

素戔嗚尊や八岐大蛇の争いを模したものとされており、成立時期は不詳だが江戸時代末以降で近代の間と推測される。

(5)御神輿囃子と宮入り

・ 顔合わせの後、神輿は八坂神社に帰り本殿に納められるが、この宮入りの間、荒ぶる魂を鎮める御神輿囃子の演奏が続けられることも、小田の祇園祭の特徴である。

・ 御神輿囃子の成立時期は不詳だが、江戸時代中期の文書に太鼓等の使用の記載があること等から、この頃に起源をもつと推測される。

・ 御神輿囃子の伝承と顔合わせ等の夕方以降の東部区での行事は、八坂神社お囃子保存会が主に担当している。

 指定理由

・ 江戸時代に由来し、以下の伝統的・特徴的な行事・芸能を備える民俗行事であること。

・ 御神輿囃子は、神輿の宮入りに際して荒ぶる御祭神を鎮めるとされる演目

があることが、特徴的であること。

・ 中部区の大獅子は、獅子頭を掲げて練り歩く特徴的なものであり、江戸時代末期に寄進された獅子頭が現存、伝統的な制作方法等も継承されていること。

・ 顔合わせは、成立は近代に下る可能性があるが、荒ぶる力のぶつかり合いと対抗で災厄を退散させる、夏季の鎮送儀礼の好例といえること。