連続ツイート記録・情報の可視化に関連しての発言 | a depressed and fragile mechanical engineer

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うつ病患者として、機械技術者として生きる小市民が、仕事や治療の日常生活、裏話、ウンチク、経験談、失敗談を綴ります。それと並行して読書で出合った本の紹介と論考を披露します。

こんばんは。
機械技術者「おだぐ」です。


本日の日中にTwitter上での野尻美保子(平常モード) ‏@Mihoko_Nojiri さんのツイートに触発されて、情報の可視化に関連して幾つかのツイートしたので、これらをまとめておきます。

‏@Mihoko_Nojiri さんのツイート
https://twitter.com/Mihoko_Nojiri/status/433109110075031552

読んでいただければ分かるように情報の発信源は BOPPO @Boppo2011 さんでして、それに対して野尻さんがコメントを加えている形です。

※私自身は野尻さんの御意見に賛成の立場で、それに自分の考えを付け加える形で以下のツイートを発信しました。




----- おだぐのツイート ここから -----

おだぐ ‏@odagu_ja

↓fittingの問題ももちろんありますが、『外挿』という数値処理の意味もちゃんと考えてもらいたい事例ですね。

14:57 - 2014年2月11日




おだぐ ‏@odagu_ja

@odagu_ja ちなみに私の会社でデータを『一次関数近似&外挿する』ような資料作る場合は上手い理由や言い訳を考えておかないと会議でフルボッコです。

15:03 - 2014年2月11日




おだぐ ‏@odagu_ja

今日において『可視化』という処理は大変重要でその技術自体が研究対象にもなるのだけど。『可視化』によって何が示されているのか?だけでなく、何が示されていないか?を考えるのは実は旧くて新しくて、とても重要な視点。

15:14 - 2014年2月11日




おだぐ ‏@odagu_ja

『情報の可視化』について私が考える際にいつも思い起こすのは制御理論の「可観測」「可制御」の概念。工学部の講義で学んだときに「手の届かない領域を議論するのか!」と強く心に焼き付いた。

15:23 - 2014年2月11日




おだぐ ‏@odagu_ja

『情報の可視化』を思い起こすときに、私は数値処理や制御理論を考えてしまうのだけど、同時に(文脈は違うけど)ヴィトゲンシュタインの哲学も想起してしまう。ただしヴィトゲンシュタインを知るのは修士課程に進学してからのこと。

15:35 - 2014年2月11日




おだぐ ‏@odagu_ja

情報の可視化の問題を考えていたら、一つ思い出した。考古学の「神の手」事件ってあったでしょ。あれって「捏造」って叩かれたけど、実は情報の可視化と隠蔽が同時に行われた事例だと当時の私は受け取った。可視化と隠蔽は表裏一体だわ、という感覚はあの頃からずーっ、と抱き続けている。

15:44 - 2014年2月11日


----- おだぐのツイート ここまで -----



連続ツイートと言いながらも件数が少なく、加えてツイート間の時間が長いのはタブレット端末でツイートしていたからです。

すみません。まだタブレットからの入力操作は思考のスピードに追いつきません…。


今回の連続ツイートは短いながらも複数の論点が入っていて、私自身が大学生あたりの頃から抱いている問題意識が含まれているので、後から読み返せるような形で残しておきたいな、と思いブログ記事として上梓します。


たぶん、キーワードを多少なりともご存知の方がお読みになれば、「この人の頭の中、ゴチャゴチャしてるな~」と思われると推察致しますが、その通りなので特に言い訳はしません。見逃してください(笑)




最後におまけ。


----- おまけのツイート ここから -----

おだぐ ‏@odagu_ja

オリジナリティの源泉は色々とあると思うのだけど、例えば既存のテンプレに吐き気を催すほどの嫌悪感を覚える、というのは一つ挙げられるように思う。あくまで源泉の話。オリジナリティの発露は次の段階。

15:52 - 2014年2月11日

----- おまけのツイート ここまで -----


この「おまけ」の発言は一連の情報の可視化の話とは異なる文脈で発したものでした。

※竹熊健太郎《焰》 ‏@kentaro666 さんのマンガに関する発言を読んでのものです。私の世代だと「さるマン」を相原コージ先生と作っていた方、と言えばお分かりになる方も多いかと…。

ただし、オリジナリティの問題と言うのは

『情報とはどこでどのようにして生まれるのか?』

『そもそも情報は”生まれるもの”なんだろうか?』

という話題と繋がってくると感じましてここに併記します。

例えばUnix系OSのパイプライン処理はデータを加工することしか前提しておらずデータの来歴を問いません。それ故にパワフルな情報処理環境を提供します。

あるいは光に反応するセンサ等は私も職場で使います。ここでは光がセンサに当たった瞬間に情報が生まれると解釈もできます。じゃあ、当たる前の光は「情報」ではないのかな?という疑問はあってもよいと思います。


心理学の分野で言えば、アフォーダンスの立場からは「情報が生まれる」という考え方すらナンセンスかもしれません。情報は既にそこに、そこらじゅうに存在しているのかもしれません。





あああ、すみません。

おまけの筈がまた追記が多くなってしまいました。

今日もまた何も解決しないまま、おしまい。