電車を降り、ショルダーバックを肩に掛け直す。
やっぱり肩に食い込むなぁ。
ショルダー部分だけでもクッションのあるタイプに変えたら、少しは重さの感じ方が変わるんだろうか。
最寄駅のスーパーに立ち寄る。
煌々とした店内の明かりは、なんだか私には押し付けがましくてうざったい。
にんじん、白菜、じゃがいも、豚バラ、切れていたみりんをカゴに入れ、無人レジを通る。
スーパーを出ると、もう自宅のマンションが見えている。
街灯がチカチカと点滅しており、いつもより暗い道を歩いていく。
こういうのって、自治体に問い合わせると直してくれるんだっけ。みんな、誰かが連絡してくれると思って、そのままになっているんだろう。
エントランスには、立派な造花が飾ってある。
枯れないって、いいな。
夜遅いこともあり、エレベーターには私1人。
自宅に到着し、鍵を差しドアを開ける。
ドアノブが冷んやりしていて、冬がそこまできていることを感じる。
「ただいま」
返答はない。
想定内だ。
夫は几帳面な人で、寝る時間を決めている。
寝室のドアの隙間からは、灯りが漏れていない。
今日もいつも通り、彼は眠っているのだ。
リビングのドアを開け、小さなテーブルに荷物を下ろし、静かに息を吐く。
あ。駄目だ。
母が「ため息をつくと幸せが逃げる」って言ってたっけ。
逃げるほどの幸せは、どこにあるんだろうか。
新婚の時に夫が買ってくれた、レースのついたピンクと白色のストライプのエプロンを身に纏う。
「アンナちゃんの料理、ほんまに美味い。これからもよろしくな」
本当は、可愛らしいデザインのものは苦手だった。
でも夫が私にエプロンを買ってくれた、という事実が嬉しかった。彼が可愛いと褒めてくれるものを身につけるのも悪くないと思った。
そして改めて、私は夫の健康を任されたんだと、実感が湧いた。
今も、その気持ちに変わりはない。
彼の夫と、そして明日の自分のために、さっさと作り置きをしなければ。
硬いにんじんを切るコンコンという音が、やけにキッチンに響き渡っていた。