超党派有志で長野県へ県外調査(その5) | 小田春人オフィシャルブログ「先人に学ぶ 産業と教育の復活」

超党派有志で長野県へ県外調査(その5)

 最後の調査地は、(株)小川の庄が運営するおやき村です。

 おやき村は、長野市内から西へ車で30分の、人口3千人ほどの小川村にあります。

 おやき村へは大型バスでは登れません。

県道からレンタカーの小型バスに乗り、着いたのは山中の辺鄙な場所です。

 おやきを焼く、囲炉裏を見学した後は昼食です。12品2,400円で、おやきは勿論のこと、おしまいの手打ちわんこそばは食べ放題とても食べきれません。

 味もよくメンバー全員堪能しました。

 そもそも、おやきとは――。

 おやきは信州でも水田が少ない山間の畑作地帯のかっては日常食でした。耳たぶくらいにやわらかく練った小麦粉にミソやショウユで味付けした季節の野菜をたっぷり包み込み、焼いたり蒸したりした信州北部特有の郷土食です。

 (株)小川の庄は、このおやきや漬物等の特産品や食堂で年間7億円(最盛期には11億円)もの売上があるというのですから驚きです。

 そのルーツは説明時にいただいた「小川の庄10年のあゆみ」という冊子を読めば辿ることができます。

 当時の権田市郎社長はこう書かれています。

 「『小川の庄』発足(昭和61年6月)に当たって私たちが考えたことは、まずこの村に暮らす人々が生涯現役で生きがいを持って働ける状況は作れないかということでした。

 そんな発想から『おやき村』 『農園村』 『きのこの山菜村』 『野沢菜村』を開村し、4つのおやき工房を発足させました。

そして、各『村』には『村長』『助役』『収入役』をおいて一集落一品づくりを推進する体制を作りました。

日常的な生活意識が及ぶ集落の中に、普段着のまま出向いて、和気あいあいと働ける場を創出しようというのが『小川の庄』の基本的な考え方です」


 また、その特徴をこうまとめています。

 ①独創的なリーダーの存在

 ②同調し、協力してくれる仲間

 ③商品開発、マーケティング

 ④時代のニュースをとらえた話題づくり

  「60歳入社、78歳定年制」 「一集落一品」 

  「おやきを持ってアメリカへ」 

  「美しい村づくり構想」

  「オーストラリアへ結っこ隊」など、

  常にマスコミに話題を提供してきた。

 ⑤多業種・他分野の応援団の知恵

 ⑥地域にこだわり、グローバルに展開する発想


 いやはや今の時代でもなかなかできないのに、30年も前にこのような時代を先取りしたコンセプトと手法で成功し、今に続けているのは見事なものです。

 しかも信州の山中で。

 やっぱり、日本は広い‥‥‥。