「私がルールブック」
昭和34年といえば、三原脩(おさむ)監督率いる
西鉄ライオンズの黄金時代です。
稲尾和久投手、打者は中西太、大下弘、
豊田泰光選手を擁するすごいチームでした。
大毎オリオンズとの試合で、セーフの判定に
三原監督が猛然と抗議。
その時、パリーグ審判部長の二出川延明さんが
言った言葉、「私がルールブックです」
さすがの三原監督も引き下がったといいます。
けだし、名言です。
使ってみたい言葉です。
難しい問題の解決策を提案する時、あるいは困難な
事業採択をする時等々‥‥。
「私がルールブックだ!」
西鉄ライオンズの黄金時代です。
稲尾和久投手、打者は中西太、大下弘、
豊田泰光選手を擁するすごいチームでした。
大毎オリオンズとの試合で、セーフの判定に
三原監督が猛然と抗議。
その時、パリーグ審判部長の二出川延明さんが
言った言葉、「私がルールブックです」
さすがの三原監督も引き下がったといいます。
けだし、名言です。
使ってみたい言葉です。
難しい問題の解決策を提案する時、あるいは困難な
事業採択をする時等々‥‥。
「私がルールブックだ!」