※以下はネタバレを含みます。それでも構わない方、すでに作品を読んだ方のみ見てもらえたらと思います。また、あくまで僕個人の解釈になります。


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運命は飽くまでも、田岡甚太夫に刻薄であった。


芥川龍之介『或敵打の話』


〇物語の流れ 〜旅に出るまで〜

剣術に長けた甚太夫がいた

兵衛を倒した

兵衛は敵討ちに甚太夫を倒しに行く

人違いで平太郎が殺される

その敵討ちに甚太夫と喜三郎と求馬と左近が旅に出る


〇敵討ち返し

この物語は敵討ち=リベンジの形が様々に存在している

甚太夫はわざとではあるが最初に兵衛に負けた

その敵討ちをしたら今度は兵衛が敵討ちをしにきた=平太郎(甚太夫の仲間)の死

さらにその敵討ちをしに、甚太夫らは旅に出る


敵討ちの構成を多くとることで、物語に複雑さが生まれ、読者は物語にかえって集中できるのではないか


〇返り討ち

兵衛の居場所を突き止めた左近

→1人で立ち向かうも兵衛に返り討ちに遭う

その後も甚太夫一行は敵討ちができないままでいる

左近が返り討ちに遭ってしまったことで、その後の場面で兵衛の所在が分かった時でも(実際には違ったのだが)、「また誰がが返り討ちに遭うのではないか」と考える可能性は大いにある


〇進まない物語

甚太夫たちはその後年月を経ても敵討ちができない

兵衛があまりにも長い期間にわたって逃げ続けることは、甚太夫一行が敵討ちをできないかもしれないと読者に捉えさせる効果がある


急激に展開される前半と一気にペースダウンする後半


敵討ちをすればまた別の人間が敵討ちをしに来るという終わらない連鎖


結果的に甚太夫が敵討ちできなかったのはいいことなのかもしれない