今年の桜はいつもより薄いピンクにみえます。




2021年3月

2度目の再燃で入院中

俺、今年は桜見れるかなぁ?

と、LINEしてきた事がありました。


まだ立つ事もできない状態でした。

大病院のPTさんが車椅子に乗せて、病院の一本しかない桜の木を見に連れて行ってくれたそうです。



今年は

桜の頃にはリハビリ病院に転院できるかな?

転院の移動日に桜が咲いてれば介護タクシーで大回りして貰お。何処ら辺がいいかな?

て私、考えてたんよ。




桜のシーズン 

毎年、桜が咲き始めたら、あそこの桜は何分咲きや!とか言いながら

ワクワクして友人達に声かけて

4月初めの休日

桜の木の下で宴会をしてきたね。


世の中コロナでそれどころじゃなくなってた

コロナも治りかけてるのに

今年は桜が悲しく見えるよ。










まだまだ毎日泣いてます。

別れってこんなに悲しかったかな?






まだまだ先だと思ってた


葬儀の日、会社の人事の方から

25日9時半本社に来ていただけますか?

とお話しがあって




朝から行ってきました。

案内された応接階 


主人の友人がチラッとお顔を見せてくださって

涙が出てしまいました。全て終わってから本社での主人のデスクや館内のお話し聞かせてくれました。


重役

生前のお話しを色々聞かせて頂きました。


保険担当者

企業年金担当者

人事経理部担当者

組合代表、会計

組合保険担当者


その間ずっと女性の方が私をサポートしてくださりお茶や休憩を挟んで下さいました。

皆様とても丁寧に説明してくださって、定年を迎えられなかった主人を、残された私を労って下さいました。

結果として主人は

苦労の無い様に私と娘をしっかり守って、逝ったんだと思います。今も色々な方々に支えられてます。

私の身の振り方まで考えて下さったり。



ここからは

説明を受けた大量の書類記入

必要書類集め

頑張ります。


コロナ禍で

入院生活が長い分

離れて暮らしてきたけれど

その分淋しさはマシだと感じていたけど

葬儀後の勢いは無くなり

毎朝毎夜事ある事に泣いてます。

この世から1人居なくなるってこんなに淋しいものなのですね。


膠原病が憎いです。

毎回、寝たきりになり飲み込め無くなり、飲まず食わずで動けない。一度CKが上がり始めると一万位まで上がる。対処療法。薬の大量投与しかない。痛みを堪えてコツコツコツコツリハビリをして歩ける様になっても又襲ってくる。一度入院すると3ヶ月以上。

薬は内臓も悪くする。

内臓が悪いと戻りきらない。


今回主治医が言ってました。ここまでなって復活された方は居られません。これが膠原病の怖いところです。

こんなに頑張ってきたのに、一緒に頑張ってきたつもりなのに。今になって悔しいです。

一言一言思い出しては胸が詰まります。息苦しくなります。


プラス思考の私なのに、さすがに未だにどん底に居てます。時が解決してくれると信じて泣くだけ泣こうと思ってます。

娘がいつも心配してくれます。

娘も不安定なはずなのに。


終わってしまうのが怖くて

まだ役所には行けてません。2週間経つので役所に電話してみました。

2週間の期限を過ぎても、色々なご家庭の事情がお有りでしょうし、役所では遅れた理由の用紙一枚にサイン頂く事だけです。

なんだか安心しました。



最後の日

俺も一緒に帰るから

ちょっと待って〜って逝っちゃったのかな?



WBC見ようと思ったらしんどなって…

お父さんWBC日本優勝したよー!




今日、義兄が主人の携帯に

○○、WBC日本優勝したで!

と送ってきました。

見た瞬間大泣きしました。

既読は付けてません。




まだこんな日々を送ってます。

数ミリ単位で前に進みます。