ご無沙汰しております。lunaカウンセラーの中島です。
さて、みなさんの身近にいる自傷行為者に対して、なぜ?なんのために自分自身を傷つけるのだろう?という疑問を感じている方は多いと思います。
自殺行為?甘え?弱いから?逃げ?果てはマゾヒズム?なんてことまで聞いたことがありますが、これらは当然のことながら的外れです。
最も混同されやすいのが自殺行為ですが、日常的におこなっている自傷行為のほとんどは死ぬためではありません。
自傷行為者の多くは自分のことを好きじゃなく、自身を過小評価する傾向があります。
常に、「自分は無価値だ」「生きる意味がない」「存在理由が見つからない」「居場所がない」などと感じながら生活しています。
そしてさまざまなきっかけでそれらの気持ちが膨れ上がり不安や苦しみが頂点に達して耐え切れなくなった時に自傷をおこない、その瞬間に「生」を実感し、その後の日常へ戻っていけるということを多くの自傷経験者が語っています。
これはむしろ、死なないための行為、生きるための行為と言えるでしょう。
自傷行為の瞬間のこまかい気持ちや心象には個人差がありますが、多数の意見としては、「あまり痛みは感じない」「落ち着く」「ゆるされた感じがする」「生を実感する」というものがあげられています。
とはいえ、「死んでしまいたい」「死んだほうがいい」という気持ちがまったくないわけでもありません。
しかし、自身の価値を見出せずある意味人生に絶望をいだきながらも、生を実感することでその苦しい現実から逃げるのではなくむしろ向き合う方向へといざなう自傷行為は、無意識の奥深くで希望を求めもがいている本人にとって「生きるために必要な行為」といえると僕は思います。
短絡的にただやめさせるのではなく、その人にとって自傷行為が担っている役割を理解し認識することが、お互いにとっての第一歩だと言えるでしょう。
グリーフには次のような過程(3つのフェーズ)があります。
※学説によりいろんな過程がありますが、ここでは3つのフェーズで説明します
1) 回避のフェーズ
2) 同化のフェーズ
3) 適応のフェーズ
※「フェーズ」という言葉は新インフルエンザの「フェーズ6」といった分け方で耳にするようになりました。段階がハッキリせず、段階の間を行ったり来たりする場合に使われます。
今回はまず「回避のフェーズ」からご説明します。
(1)回避のフェーズ
これは最愛の人の死に直面した直後に表れる状態です。
例えば次のような状態です
① ショックで無感覚状態になり、感覚が麻痺する。パニック状態。
頭が真っ白で何が起こったかわからない状態です。
おそらく言葉も出ません。
それどころか、涙も出ないこともあるかもしれません。
② 愛する人の死を、受け止められない。現実を拒否する。
「ウソだ!」
「そんなはずがない!」
「何が起こったかわからない」
といった状態です。
③ つらさを回避するために、死を否認する。
死が現実だと理解できたとしても、それを認めようとしないことがあります。
まるでその人が生きているかのような振る舞いをしてしまいます。
このような反応は異常なことではありません、ごく自然な反応なのです。
人間はあまりにも大きな衝撃を受けた時、その衝撃から守るために無感覚な状態にしてしまいます。
愛する人を亡くすという衝撃的な喪失から守ろうとする反応なのです。
自分が回りの世界と全く違うところにいるように感じたり、すぐそばにいる人の会話が、遠くで聞こえるようになります。それだけ無感覚になっているのです。
では、こんな時にはどのように接してあげれば良いでしょうか?
ただ、そばに寄り添ってあげる。
暖かい食事を作ってあげる。
日常の買物をしてあげる。
特別なことは必要ありません、まずは寄り添ってあげて下さい。
そして、少し落ち着いたら、日常の生活の手伝い程度のことをしてあげて下さい。何もしたくないという感覚でもなく、全くの無感覚でいるはずです。
※引用資料 「大切なものを失ったあなたに」
(ロバート・A・ニーメヤー著)(鈴木剛子 訳)
(グリーフケア by S.K)
※学説によりいろんな過程がありますが、ここでは3つのフェーズで説明します
1) 回避のフェーズ
2) 同化のフェーズ
3) 適応のフェーズ
※「フェーズ」という言葉は新インフルエンザの「フェーズ6」といった分け方で耳にするようになりました。段階がハッキリせず、段階の間を行ったり来たりする場合に使われます。
今回はまず「回避のフェーズ」からご説明します。
(1)回避のフェーズ
これは最愛の人の死に直面した直後に表れる状態です。
例えば次のような状態です
① ショックで無感覚状態になり、感覚が麻痺する。パニック状態。
頭が真っ白で何が起こったかわからない状態です。
おそらく言葉も出ません。
それどころか、涙も出ないこともあるかもしれません。
② 愛する人の死を、受け止められない。現実を拒否する。
「ウソだ!」
「そんなはずがない!」
「何が起こったかわからない」
といった状態です。
③ つらさを回避するために、死を否認する。
死が現実だと理解できたとしても、それを認めようとしないことがあります。
まるでその人が生きているかのような振る舞いをしてしまいます。
このような反応は異常なことではありません、ごく自然な反応なのです。
人間はあまりにも大きな衝撃を受けた時、その衝撃から守るために無感覚な状態にしてしまいます。
愛する人を亡くすという衝撃的な喪失から守ろうとする反応なのです。
自分が回りの世界と全く違うところにいるように感じたり、すぐそばにいる人の会話が、遠くで聞こえるようになります。それだけ無感覚になっているのです。
では、こんな時にはどのように接してあげれば良いでしょうか?
ただ、そばに寄り添ってあげる。
暖かい食事を作ってあげる。
日常の買物をしてあげる。
特別なことは必要ありません、まずは寄り添ってあげて下さい。
そして、少し落ち着いたら、日常の生活の手伝い程度のことをしてあげて下さい。何もしたくないという感覚でもなく、全くの無感覚でいるはずです。
※引用資料 「大切なものを失ったあなたに」
(ロバート・A・ニーメヤー著)(鈴木剛子 訳)
(グリーフケア by S.K)
上司と部下。
いつでも、どこででも、誰もが、円滑なコミュニケーションがとれているとは言い難い。
上司たるもの、部下の話を聴き(傾聴)、育成の観点から質問し、うまく事が運んだ際には誉める(承認)ことで、部下との信頼関係を築く。
こういった上司の下であれば、部下はノビノビと仕事ができると思います。
そうは言うものの、相談に多い“上下関係”、特に部下側の人から寄せられるものに多いのが、明確な指示出しがあるわけでもなく、仕事を振るだけ振っておいて、結果だけを見て、善し悪しを判断されるので困る、というもの。できた時は「当然だ」といった態度、できなかった時は徹底的にダメ出しされる、と。
正直、そんなことで困るのもどうかと思いますが。
こんな時、
・「やってられない」
・「上司とそりが合わない」
と考えると、関係は一層悪くなってしまうのではないでしょうか。
自分からの歩み寄りがないですから。
・「上司は何故、そういった態度で接するのだろう?」
・「自分の対応で、何か不足していたものはあっただろうか?」
と、自分自身を振り返ることが充分に為されていない方が多いと感じます。
「与えられるのが当然」的な発想でいる人、最近多いです。
そういった人は、
・「上司が○○してくれないから」
・「こういう状況でないと○○できない」
といった発想でいます。これ、主語が自分ではなく他者に置かれています。
このような方は、上司が替わって、同じようなことが起こると、再び不平/不満を漏らします。
「上司とそりが合わない」と考えて、自分で自分の気分を害すよりも、「どのように対応すると、なお良いのか?」と考えれば、気分も落ち込みませんし、今までにない対応策が考えつくかもしれません。
関係を良くしたいと考えるなら、まずは、
自分自身の考え方を変える(視点を変える)、ということに目を向けないと。
From:counselor M.T