コロナによりというと
新型コロナウイルスが喜びそうで
腹も立つのだが

リモート会議に関しては
このコロナ禍で一気に進化した。

我が家で言えば
娘の授業も私の仕事も
全て家からのリモートとなった。

時を戻そう。©︎ぺこぱ

去年の秋頃
来年2020の東京オリンピック期間は
港区渋谷区を中心に
23区内はテレワークになると言われ

そんな事できるのか的な
ちょっとした挑戦的な

戦々恐々とした空気があった。

それが腹立つが
コロナにより
一夜にして
Zoom打ちや
ハングアウト授業が
できてしまった。

こればかりは
悔しいが
進化である。

ここからが大きな分岐点である。

緊急事態宣言が解除され
アフターコロナ
ウィズコロナ
の時代になった時

ポジティブに
これは悔しいがコロナレガシーであると
きっかけはコロナだったが
折角進化したのだから
リモート打ちをいい感じに続けようと思うか

コロナ一旦終わったんだから
会社に来いよと思うかが

大分岐点な気がする。

折角進んだ事は戻る事はない。

例えば学校はそこまで言い切れない。
学校は遠隔授業も時として
ハイブリッドであってもいいが
ソーシャルディスタンスを守りながら
やはり子供も親もリアルを望む。

ただリモートであれば
受けたい世界中の学校の授業を
受ける事だってできるという夢の未来も
叶える事ができる面もある。

またテレワークではできない
職業もたくさんあるので
それは時差通勤などで緩和するしかない。

しかし
仕事は会社は
コロナ前から
残業や満員電車や育児等々
働き方改革が叫ばれ
テレワークを進めていた。

そこにコロナがやって来て
たまたまテレワークになった。

コロナが一旦終わった。

テレワーク終了
やっぱり会社で。

ふりだしに戻る。

これでは
この外出自粛で得た
テレワークという日常を
再びビフォアーコロナに退化させる事になり
もったいない。

オリンピックきっかけで
7月にやるはずだった
テレワークという働き方改革が
4ヶ月前倒しで
しかもできちゃった!

のだから
それでできるところは
リモートを日常にし
満員電車やランチの
満員エレベーターを
なくしてニューノーマルで
行けばいいのではないだろうか。

2021東京オリンピックも
まだまだ予断を許さない。

もうきっかけは
ないかも知れない。

コロナ一旦大丈夫なんだから
テレワークなんてさぼりだ

みたいな論調は
いかがなものか。

進化と退化。

きっかけなんてどうでもいい。

臨機応変に
進化できるところは
進化しよう。

おちまさと