男が二人。


そこは

グランドハイアットのカフェ。


申し訳ないが

時間がない。


カフェに駆け込んで

30分の打ち合わせを開始。


現状を聞きつつ

問題点を洗い出し

懸案事項を伝え

近未来の可能性を

お互い出し合う。


一つ話せば

そこに現れる

新たなキーワードについて

ドミノ倒しの別れ道のように

話題はそちらにシフトしてしまうのも

仕方ない。


その新たな道を走り始めたドミノは

話の先でまた本線と合流するなど

無駄話、余計な話のようで

意外と本流へと

脈々と繋がっていくものである。


しかし

単純に言えば

それは「話がそれる」とも言う。


話がそれれば

さらに時間はない。


あと10分。


まだ本題も話せていない。


まずい。


13時50分。


14時には別の場所で

別の打ち合わせが開始される。


何とか本筋に

議題を戻さねばならない。


しかし

さっきから

感じている

この視線は何だろうか。


視線と言うよりも

熱視線だ。


隣を見ると

おばちゃん二人が

完全に僕らを見つめ続けている。


そんな気がしていたのだが

僕らの奥には

レジがあり

誰か待ち合わせしている人を

見ているのかと思って

やり過ごしていたのだが

完全に僕らを見ている。


というより

いや両方の膝が

完全に僕らに向いている。


しかも隣のテーブルは

そう遠くない。


気になる。


しかも

笑顔だ。


気になるが

時間がない。


無視して

話続けるしかない。


なぜなら

まだ本題のほの字も

話せてないからだ。


やっと本題に

話は移ろうとした。


その時。


「ぶふふ。東京ねぇ。」


全く予想しなかった

コメントが僕ら二人の間に

吹き出しとなって入って来た。


声の主は

隣のおばちゃんだということは

相当勘が悪くなければわかる。


一言で言えば

『ガキの使い』に出てくるような

おばちゃんである。


無視しかない。


僕らは本題を話し続ける。


「さっきから見てるのよ。

東京ってものを!」


流石に

二人でそのおばちゃんを見る。


「田舎もんだから。私たち。

80と79よ。」


とにかく

何だかよくわからないが

カットインで僕らに

話しかけてるのはわかる。


とりあえず笑顔で


「ですよね~」


と言いながら

本題を続ける。


「歌手?

歌手じゃない?」


僕の目の前の

打ち合わせの相手に

その言葉は完全に向けられている。


その人は全く歌手ではない。笑


「だってホラ

髪型も決まってるし

声、いいもの」


確かに

その打ち合わせの相手は

髪型もセットするタイプで

きれいなファッションをするタイプである。


しかし

歌手ではない。


流石にその打ち合わせ相手も


「歌手じゃないですね」


と笑い混じりで答える。


全ては

僕と制限時間の中

本題を進行させたいからの

促しである。


その瞬間


「こちらはエグザイル?」


僕のことである。笑


なぜ

突然固有名詞になったのだろうか。


まだ

「歌手じゃない?」

と言われた打ち合わせ相手はわかる。


恐縮だが

なぜ僕は

エグザイルと言われたのだろうか。


日焼けに短髪に眼鏡だからか。


「残念ですが

エグザイルさんじゃないです」


と否定する言葉に

喰い気味に


「東京ねぇ。

それ、なんとかヴィトンでしょ。」


僕の答えは全く聞いてない。


確かに打ち合わせ相手の

足下にはヴィトンの黒ダミエのバッグが

置かれている。


「こっちはグッチにヴィトン」


僕のグッチのリュックに

ヴィトンのパソコンケース。


「さっきから

ずっと見てたのよ。

流石東京ねぇって。

だってジーパン破れてるじゃない」


僕の短パンクラッシュデニム。


「破れてないわよねぇ。うちの近くじゃ。

歌手じゃない?」


再び

打ち合わせ相手は

歌手疑惑が向けられている。


結局

80歳の人が

一人でずっと喋り続け

相手は聞いてるだけ。


「いい声だもの。

横から見てたら

あの名前出てこないけど

昔のヒットソング歌って

紅白とか出てるいい男」


徳永英明さんだろう。笑


多分。


しかし

残念ながら

打ち合わせ相手は

徳永さんではないし

僕らは時間もないし

本題も話せていない。


流石に

完全無視して

打ち合わせに戻ってみた。


しかし

食い込んでくる。


「何?契約?」


そこでつい

打ち合わせ相手が


「ミーティングです。」


と答えた

僕はその瞬間やばいと思った。


ミーティングなどという言葉を出せば

絶対に「東京ねぇ。」で食いついて来るに

違いない。


その瞬間


「ミーティング!これがミーティングね!」


すかさず僕は


「打ち合わせです!」


と釘を刺した。


そのおばちゃんは

ああ打ち合わせねと

できればミーティングであって欲しかった

というリアクションで

膝を自分のテーブルの中に

仕舞ってくれた。


その瞬間

首だけこちらを向いて


「歌手じゃない?」


残念ながら

歌手じゃないし

徳永英明さんでもないし

僕はエグザイルさんでもない。


おばちゃん

いい思い出になっただろうか。


おちまさと


こういうおばちゃんの

ボキャブラリーや

出てくる言葉は突拍子もない。


以前

ある口腔外科に言っている時

担当の歯科助手がおばちゃんだった。


その頃

僕はサングラスをよくして

レザーのジャケットを着ていたのだが

3回目ぐらいに通った時に

そのおばちゃんが

どうしても聞きたかったらしいのだが


「おちさんはロック歌手?」


と聞かれたことがある。笑


サングラス&レザー=ロック歌手。


ロック歌手って言葉が凄い。


その時も


「ロック歌手じゃないです」


という答えに喰い気味に


「エプロンつけます」


と歯医者さん用のエプロンを

つけられた。


多分

質問したいが

答えは聞きたくないのが

あの年代の特徴かも知れない。


次は未だ知らないおばちゃんに

何と言われるのだろうか。