このように、中将と姫は二条邸で幸せに暮らしていた。
さらに姫が懐妊したので、中将はよりいっそう姫を大事にした。
四月に中将の母である大将の北の方や、天皇の妻となっている妹の子の宮たちが、桟敷(さじき=貴人が物見をする高床。屋敷にそなえる場合もあり、大将の家にもある。)で賀茂祭を見物しようという話がもちあがった。
中将の母は、
「二条の奥様にも、祭りを見物させてあげなさい。若い人は、見たがるものでしょう。私も今まで会ったことがありませんから、このついでに会いたいです。」
と言うので、中将は母が姫に興味を示していることを嬉しいと思い、
「どういうことか、あの人は他の人みたいにあれを見たいこれをしたいと言い出さないのですよ。いい機会ですから、今にそそのかして持ってきますね!」
そう言って、中将は二条邸に戻った。
「母上が賀茂祭見物にあなたを招待しているよ。」
と姫に伝えると、
「まあ・・・。最近はつわりで気分が悪くて、お腹も大きくなって見苦しくなっていますし。物見に出たら、こんな姿が他の人に見られてしまいますわ。」
そう言って乗り気でない様子で物憂げにするので、中将は
「誰が見るというのです。私の母上と妹の中の君だけですよ。私の家族ですから、それは私があなたを見るのと同じことです。」
と無理にすすめるが、姫は「あなたのお心で・・・」と答えるだけだ。
中将の母も手紙で
「おいでなさいよ。面白い祭り見物も、『今度は一緒に』って楽しみにしているのですから。」
と書いてよこした。
こんな手紙を見るにつけても、あの石山詣の時に、継母が姫を誘いもせずにひとり落窪に捨て置いていったことが思い出されて、悲しい思いをした。
* * * * *
とうとう姫が懐妊しました。
子供ができても「姫」ではおかしいので、以降は「女君(おんなぎみ)」にしますね。
古典は「君」だの「北の方」だの、同じ呼称をいろんな人に使うので、本当にややこしいです・・・。
女君ですよ、女君。
実は本文でも、姫は屋敷に来てからは二条邸の女主人になり「女君」になっていました。
さて、女君はお祭り見物にお呼ばれしたようです。
しかし、今まで北の方の極端なモラハラにさらされてきた姫には、外に出たいといった願望がありません。
今までは、みんな総出の旅行のときにも家の外には出してもらえなかったのですから(第11話 )、中将としては何としても姫を外に連れ出して楽しませてあげたいところです。
そしてこれが事実上、お披露目になるわけですね。
天皇の子供は「宮」と呼ばれます。
中将の妹は天皇の妻なので、その子供は当然親王や内親王です。
身内に皇族がいるとは、とんでもない一族ですね。
おそらく当時権勢まっさかりの藤原家あたりが中将一族のモデルなのでしょう。