手紙の返事が無いまま、時が過ぎた。

「本当に恋文の作法を知らないのだろうか。ほかに理由があるのではないだろうか。」

少将はそういぶかった。

しかし姫君のとても思慮深い性格も帯刀から聞いてよく知っていたので、そんな心栄えを好ましくふさわしいと思ったのか、未だに姫を諦められずにいた。

「帯刀、返事はまだか。遅いぞ、遅いぞ!」

とせかして帯刀を責めたが、普通でさえ姫君の多い中納言家は騒がしく、なかなか返事をもらえるような機会がない。

中納言家には多くの姫君が住んでいたから、姫君の住む落窪の周囲はとても騒々しくて、返事をもらうような機会が無かった。

困り果てた帯刀がそれでも機会をうかがってあれこれと悩んで日々を過ごしていると、こんな話を聞いた。

中納言家の人々が、古い御願のお礼参りに石山寺にお参りに行くのだという。


当時の女性は遠出はおろか、外に出ることもままならないものだったので、泊りがけで出かける石山詣では一大イベント、誰もがお供をしたいと願うものだ。

中納言は、付いて行きたいと言う者は片っ端からお供を許すので、若い女房はもちろん、子供や老人すらも屋敷にとどまって留守番になるのを恥だと思ってお供しようとする。

そんな中で、落窪姫だけが物の数にすら入っていないので、弁の君という女房が、

「落窪姫も一緒に連れて行かれませ。一人残されるのは可哀想でございます。」
と北の方に申し上げたが、北の方は落窪姫を連れて行くなど思いもかけなかったらしい。

「おや、妙なことを言うねぇ。あれを外に出したことがあったかい?旅の先で、針仕事があるのかい?あれは連れて行かない。落窪に閉じ込めておくのがいいのだよ。」

と言って、少しも取り合ってはくれなかった。

北の方は阿漕を、三の君のお付の女房として、子供っぽい装束を着させて連れて行こうとするが、阿漕は自分の主人である落窪姫が独り残るのが気の毒で仕方が無い。

「ああ、何てこと。急に月の障りが来てしまいました。本っ当に残念なのですが、石山詣でにはお供ができません。」
出かけるほんの直前となって、阿漕は北の方にお供の辞退を申し出た。

阿漕のような美人のお供を従えていれば、人目を引き、家の面目も立ち見栄も張るというもの。

それが急にダメになったものだから、北の方の機嫌は悔しいやら腹が立つやら。

「嘘をおっしゃい。あの落窪姫が一人で残るものだから、同情して残るつもりだね。」
しかし、阿漕もさるもの。

「まぁ、そんな!あたくしだって辛いのでございます。でも月の障りが来ることはよくあることで、どうしようもありません。どうしてもついて来いとおっしゃるならば、それこそ是非ともお供させていただきますわ。石山詣でなんて楽しいことを、好き好んで見物するまいと思う人なんているでしょうか?老人までもが競ってお供する、素晴らしい旅ですのに。でも、障りで穢れた体で詣でては、神仏がお怒りになってこの家に罰をお与えになるやもしれません。ですからご辞退申し上げるのです。」
悲しい声で、悲劇を演じてみせた。

これにはさすがの北の方もすっかりだまされて、確かに月の障りで穢れた者をお供に連れて寺に行くわけにはいかないと思ったのか、その辺に居た下働きの女の童に阿漕が着ていた装束を着せて、阿漕には留守番をさせた。



 * * * * *



石山詣で、というのは、昔の行楽みたいなものです。

京都から琵琶湖のあたりの石山寺に行きます。

片道で一日かかるので、少なくとも2、3日は泊まっていくのが普通でした。


さて、その石山寺までの行列が、貴族の見栄の張りどころでした。

豪勢な牛車に多くのお供を従えて京の大路を行くのです。

もちろん、阿漕のような美人は派手に目を引きますから、家の栄えとしては是非とも連れて行きたかったんでしょうね。


北の方は美人で気が利く阿漕を、勝手に三の君の女房として扱っていますが、阿漕はあくまでも主人は落窪姫ひとりと決めている様子。

なかなか見上げた忠誠心です。



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私信


既婚なのに「子供っぽい衣装」を着せられようとしていた阿漕、まだ身分が女の童なんだそうです。

てっきり女房だと思っていました。

年齢と仕事ぶりをみると、もう少しで女房になれそうな女の童、といったところのようですが。

多少今までの記事を訂正しておきますね。


これからも、いろいろ気づき次第訂正したり、状況が分かりやすいようにつけ加えたりしていきますので、その点ご了承願います。

それから、間違いに気づいたらその都度お教えいただけるとありがたいです。


それから・・・。

この一週間くらいは、ぐぅ の私用で、更新が少し遅れるかもしれません。

でも今までどおり更新できるようにがんばりますので、ぜひともこの先も落窪姫の物語を楽しんでください。