「遺言を残すとは、賢い方法をとられたね。

でも、女君が『皆さんが住み慣れたこの屋敷を、どうして取り上げたりできるでしょうか』と言うことですし、この屋敷はいただけません。北の方がお持ちになればいいでしょう。この二つの石帯は、衛門佐(三郎君)とあなたが、一つづつお持ちになればいい。美濃国の荘園の地券と、石帯ひとつは私の手元にいただきましょう。

遺言すべてを無下に断っては、故大納言の遺志を無視するようなものですから。」

と言うので、越前守は

「それは困ります。亡くなった父が遺言を残さなくても、あなたが持つべきものです。それどころか、父上の遺言にそむくなどもってのほかです。

そもそも皆それぞれ、少しずつ遺産を分けられているのですよ。」

と言って受け取らない。

「おかしなことを言うなぁ。私が間違ったことをしているのならともかく、そうではないでしょう。

こうして山のように女君に分けられた遺産を見て、故大納言のお心を知る事ができたのです。お心をいただくことができたのなら、遺産を得たのも同じこと。

女君は、私が生きている限りは今までどおり幸せにお世話してさしあげます。子供達もいますし、女君の将来は安泰です。

四の君はお世話する方が少ないようだし、私が全てをお世話しよう。三の君、四の君の遺産に、女君が得た分を加えればいい。大君(長女)と中の君(次女)のお二人には、夫の方をいろいろお世話しよう。」

と大将が言うので、越前守はかしこまって喜んだ。

「では、さっそくその旨を伝えてきましょう。」

「もしお返しになっても、受け取らないで下さい。行ったり来たり、同じことを繰り返すのは面倒くさい。」

「石帯は、やはりあなたがお持ちください。」

「入り用になったらいただきに参りましょう。遠い縁ではないのですから、すぐに取りに来られるでしょう。」

と、大将は強いて越前守に石帯を持たせた。

 

 

 * * * * *

 

 

大将が「越前守(長男)と衛門佐(三男)で分けろ」と言っていますが、次男が飛んでいますね。

これは、次男が出家して僧になっているからです。

僧では、石帯なんかは必要ありませんからね。

そして大将、わざわざ四の君を指名して援助を申し出ます。

四の君がこんな憂き目に会うのも、元はといえば大将が仕返しのために謀って「面白の駒」と結婚させたからでしょうか。

多少の罪悪感はあるようです。

 

遺産の分配については、

「これはそちらが受け取ってください」

「いえいえあなたが・・・」

「いやいやそんな・・・」

「いえいえ・・・」

「いやいや・・・」

と、日本人独特の無限ループにはまるのを面倒だと考え、大将はばっさりと断ち切ります。 

何が何でも切れない縁を持ちたい越前守たちと、無理矢理に恩を着せられて見えない束縛まではもらいたくない大将。

それに、受け取ったら受け取ったで、女性陣からいらぬ恨みを買いますからね。

大将はいろんなものをうまく回避したようです。

つかみどころのない男ですね。


↓大将を捕まえられるのは、女君だけ。

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越前守は、大将夫婦が帰ると聞いて、亡き大納言が「差し上げなさい」と分配した遺品や、荘園の地券を持ってきて、

「とるにたらぬ物ですが、亡くなった父が言い置いたことでございます」

と差し出した。

大将が見ると石帯が三つあり、うち一つは自分があげたものだった。残りの二つは、自分があげたものほど立派ではなかった。

荘園の地券は、この故大納言邸の図面と一緒に渡された。

大将がいぶかしんで

「悪くない土地をお持ちだったのだね。この家まで下さっているけど、どうして大納言のお子様や北の方に差し上げなかったのだろう。ほかに別宅でもあるのですか?」

とたずねると、女君は

「いいえ。でも、北の方や兄弟姉妹の方々はずっとここに住んでいるのですから、取り上げるようなまねはしたくありません。北の方に差し上げたいと思っています。」

と言うので、

「それが良いでしょう。この屋敷をいただかなくたって、あなたには私がいるんです。三条邸にいればいいんです。もしこの屋敷を取ったりすると、北の方や兄弟の恨みを買うでしょうから。」

と二人で語り合って、大納言邸は受け取らないことにした。

越前守を近くに呼び寄せて、

「この遺産分配のことは、あなたもご存知ですね。どうしてこんなに、私たちのほうにばかり偏っているんでしょう。権力がある家だと思って、気を使ったのですか?」

と笑うと、越前守は

「そうではありません。全てはみな、父上が亡くなる前に分配して、私に預けたとおりです。」

という。」

 

 

 * * * * *

 

 

さて、大将はここで初めて女君が受け取った遺産の内容を知ります。

どれもこれも蓋を開けて見れば、自分が持っているものほど良いものはありませんが、悪くないものばかり。

ただ、大将にとっては大したものでも無くても、故大納言の一家にとっては一つ一つが大したものです。

女君は、屋敷だけは何が何でも相続放棄をするつもりのようです。

何せ、死ぬ前からいさかいの種になっていましたからね。

大納言にとっては「私が死んだあとも家族を頼む」というつもりだったようですが、このひいきはさすがに不自然すぎたようです。

 

↓大将の力でも、子供たちの大納言越えは難しいでしょうけれど。

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四十九日の法事が終わり、大将が

「さぁ、今度こそ帰りましょう。でないと、また北の方に、落窪に閉じ込められてしまいますよ!」

とおどけて言う。

女君は

「何てことをおっしゃるの!もう間違ってもそんなことおっしゃらないで下さいませ。

わたくしが昔のことを忘れずに恨んでいると聞いたら、あちらも遠慮する事が出てきてしまいますわ。北の方は亡くなった父上の代わりに親と思って、気に入られたいと思っておりますのに。」

と言うので、大将は

「それは言うまでもない。姉妹の方々にも、あなたがいろいろ不自由していないか尋ねて、お世話してさしあげなさい。」

と言う。

 

 

 * * * * *

 

 

おっと、口がすべって本音が・・・!

いよいよ女君が家に帰るとあって嬉しい大将、おおはしゃぎでいつもにまして饒舌です。

女君と一緒にあれこれ世話をしてはいますが、やっぱり大将は北の方が嫌いなのですね。

しかし、これからは実家と気兼ねなく付き合いたい女君にとっては寝耳に水のような冗談。

大真面目にしかる女君に、大将はのらりくらりと話題をすり替え、円満に話を終わらせてしまいます。

さすがの話術ですね。

 

今日は短い記事を二つ、掲載しました。


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あっという間に四十九日になり、その法事は故大納言邸で行われた。

「こたびこそは、忌明けの法事だ。さあ、ぱーっとやろう!」

と大将は盛大に法事を執り行わせた。

故大納言の子供達も、「我も我も」と、身の丈にあった法事を行い、とてもきらきらしい、豪華な法事になった。

 

 

 * * * * *

 

 

四十九日が明けた、これで女君が帰ってくる!!

大将は嬉しさのあまり、とんでもなく豪華な法事を行います。

豪華なことが大好きな故大納言の弔いにはぴったりかもしれませんが・・・

・・・これではまるで祝い事です、大将。



↓さぁ、乾杯の歌を!

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喪に服している間は、故大納言邸に仕える者も、故大納言の子供達も、日々住んでいる部屋とは違う、床の低い部屋に移り住んでいた。寝殿には多くの大徳(徳の高い僧)が籠っていた。

大将は毎日 故大納言邸を訪れていた。

穢れを避けるために立ったままで女君と顔を合わせ、後の進行のことなどを伝えた。

女君が着ている喪服の色が濃く、また喪に服して顔が青ざめているのがひどく痛々しく、大将は涙を流して

 

涙川 わが涙さへ 落ち添ひて 君が袂ぞ ふちと見えける

あなたの涙の川に私の涙が落ちて、その藤衣のたもとが深い淵のように見えます

 

と歌を詠むと、女君は

   

袖朽たす 涙の川の 深ければ ふちの衣と いふにぞありける

袖をぬらして朽ちさせる涙の川が深くてふち=淵のようなので、喪服のことをふぢ=藤の衣と言うのでしょう

 

などと歌を交わしつつ、大将は故大納言邸と三条邸を往復し、三十日の御忌みも済んだので、

「もう御忌みも済んだことだし、三条邸に戻ってきてくださいよ。子供もあなたを恋しがっているんですよ。」

といえば、

「もう少しで帰りますよ。四十九日(7×7=49で、「なななぬか」と読む)が済んだら、三条邸に戻ります。」

と言うので、大将は物忌が済んだ故大納言邸に、通い婚のように夜だけ訪れた。

 

 

 * * * * *

 

 

亡くなった父の喪に服して嘆き悲しむ女君を見て、大将も痛々しさに気遣わずにはいられません。

本当は一日も早く、一刻も早く女君に帰ってきて欲しい大将。

しかしせめて三十日の物忌が済むまで女君の気が済むようにさせてあげようと我慢です。

そうして毎日毎日、女君に会うために故大納言邸に通います。

死の穢れを避ける為に立ちっぱなしで、それでも女君に会いたい大将。

愛ですね。

 

そしてようやく三十日の物忌があけます。

もう帰って来い、さあ帰って来いと女君をせかしますが、女君は四十九日まで居ると答えるだけ。

大将が頼りになるので、安心して子供達をまかせられると思ったのでしょう。

女君の父への思慕と、大将への深い信頼。

このときばかりは、大将も泣かされたようです。


↓泣くな、大将。

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