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中国旅行 6日目

中国旅行 6日目


11/12(水)

朝早くチェックアウトして、次の観光地の

牟尼溝( ムーニーコウ)へ。

朝シャワーを浴びようとしたのですが、

お湯が出ず、ずっと水でした。

前日もぬるいお湯でした。

前にも書いたのですが、お湯が100度で沸騰せず、

60度くらいで沸騰するので

そのせいもあるかもしれません。

ホテルを6時に出発しました。

ガイドさんと運転手さんが迎えに来てくれていました。

車の中で朝食を食べました。

お弁当と聞いていたのですが、

パン2つ、ゆで卵、漬物のような食べもの、ペットボトルの水でした。

前日の朝食にも出ていたのですが、

パンは独特で色は白色、大きめの団子といった感じです。

小麦粉をこねて焼いた程度、といった感じです。

2時間半ほどで到着。

運転手をおいて、ガイドさんと二人で行きました。

標高4000m、牟尼溝は寒かったです。

吐く息も白く、

カメラのシャッターを押す指がいうことを効かないくらいです。

手袋をしていても寒かったです。

結局観光客は私達二人だけでした。

遠くの方に人影を見かけた程度でした。


ガイドさんと話をしながら観光して行きました。

観光しながらリスが出てきた時、

ガイドさんは「あっ、かわいい。」と日本語で話していました。

本当に日本語が上手でした。

「手袋を買いに」という童話を読んだことがあるそうです。

後は、風の谷のナウシカ、天空の城ラピュタ、となりのトトロ
など、宮崎駿アニメでも日本語を勉強したそうです。

案内板に英語が書いてあるのですが、

私が英語が読めるので、すごい、と褒めてくれました。

ガイドさんは中国語、日本語は出来ても、英語は出来ないそうです。

学校で習わないそうで、ガイドさんの妹さんは成都の大学に行って

英語を学び、英語の先生をしているそうです。

ガイドさんの先生は林先生だそうです。

観光中に***林という表示があった時に

「ちなみに私の先生は林先生でした。」と、小ネタを披露してくれました。


2時間ほど観光して、牟尼溝( ムーニーコウ)は終了。

空港へ向かいました。

途中の風景はのどかでした。

稲を組んだ木にかけて干す風景は

さながら私のおじいさん、おばあさんが済んでいた田舎の風景と同じです。

運転手さんは高校卒業してすぐに一つ年上の女性と結婚して

牛飼いを始めたそうです。

その後、観光の仕事を始めて、中国語をマスターしたそうです。

運転手さんはチベット族で、元々は中国語を話せなかったそうです。


1時間ちょっとほどで、レストランへ到着。

そこらへんの商店街の食堂といった感じでした。

食事後、空港へ。

予定より早く空港についたので便を早めてもらいました。

ガイドさんが交渉してくれました。

とうとうガイドさんとはお別れ。成都へ。

40分ほどのフライトで到着。

最初のプランでは成都へ泊まるつもりではなかったのですが、

どうしても飛行機の乗り継ぎで待ち時間が出来るということで

1泊することにしていました。

北京へは次の日に出発する予定です。

ホテルまではリムジンバスへ乗りました。

英語が通じないのでちょっと不安でした。

バス停から10分ほど歩きました。

地図ではホテルの位置を確認していたのですが

やはり少し不安になります。

夕方の明るいうちなので大丈夫なのですが。


ホテルに到着し、チェックイン。

夕食まで時間があったのですが、部屋で2時間ほど過ごしました。

NHKが見られました。

夕食はホテルのレストランで。

最上階のレストランは個室でしたが、予約が一杯ということで断られ、

ホテル内の別の階のレストランへ。

成都では四川料理が食べられるかと思ったのですが、

上海料理のお店でした。

企業などを誘致する地域があるようで

どうも成都は上海のような都市を目指しているようです。


ステージがあり、女性が歌を歌っていました。

席はたくさんあるのですが、窓際に他の客がいる程度で

結構ガラガラでした。

そして誰も歌を聞いていないので

女の人がかわいそうでした。

私が食事を待っている間に見ていたのですが

どうしても目が合ってしまいました。


その女の人も歌を歌う合間に腕時計を見たりして

さっさと終わらせたそうでした。


食事後、フロントで両替して部屋に戻りました。

この旅行中は、世の中がサブプライムの中、

円が強いせいか、徐々にずっとレートが良くなっていきました。

部屋ではNHKを見ていました。

日本にいる時よりNHKを見ています。

これでこの日は終わりです。

中国旅行 5日目

中国旅行 5日目


11/11(火)


朝食はホテルで。

軍隊のような格好をした男の人たちも一緒に食べていました。

みんな若いです。

10代後半か20代前半のような顔立ちです。

日本人などアジア人が欧米人に若く見られる言われますが、

きっとこのように見えるのでしょう。


今回の旅行のメインとなると思われていた九寨溝ツアーです。

ガイドさんがホテルまで迎えに来てくれて、

九寨溝入り口は宿のすぐ近くなので歩いていき、バスに乗ります。

途中までは一本道なのですが、

途中で左右に分かれます。

プランとしては、まずは右側の道の一番先まで移動。

そこから少しずつ観光しながら降りてきます。

昼頃に分岐点に戻ってきて昼食。

午後から左側の一番先まで移動。

そこから観光しながら下ってきて一番下の入り口まで戻る、

とのことです。

五時に入り口は閉まるのでそれまでに戻ってきます。


まずは右側一番上へ。

後でガイドさんから聞いたのですが、

午後からは風が吹くので

湖の底まできれいに見られるのは

風が吹かない午前中のうちだそうです。

先に行ってくれれば、バスから外の湖をもっと写真に撮ったのですが・・・。

とりあえず頂上に着いて写真を撮りました。

森林で雪がありましたが、そんなに寒くはなかったです。

そこからバスに乗っては、湖のところで降り、またバスに乗って、次の湖で降り、

を繰り返しました。

ガイドさんに歩いてみたいと言ったのですが、

歩くと時間がかかるので、1日で全てを見ることが出来ないとのことです。

なのでバスを利用したのですが、正解でした。

バスを使用してギリギリ全部をまわれました。

(最後の方はゆっくりまわったのですが。)

四川地震があったのと、観光時期が遅かったため

そんなに混んではいなかったですが、

もし人が多い時期に観光した場合、バスの待ち時間もあるため

かなり急いでまわらないといけなくなります。

この時でもバスを待っていて全員乗れなくて次のバス待ちの時がありました。

この件では少しガイドさんとイザコザがありました。

次のバスを待っていた方が早いのか、歩いた方が早いのかを

日本語で聞いたのですが、うまくガイドさんが理解してくれませんでした。

少し見当違いな回答をされました。

ガイドさんの日本語で困ったのはこの時くらいです。


後は過去形にするべきところを現在形でしゃべるところが結構ありましたが、

まったく問題ありませんでした。

日本人も英語では過去形にすべきところを

つい現在形を使用していると思いますので

逆の立場になる、珍しい体験でした。


ガイドさんに話しかける人が結構いました。

ガイドさんは以前ここ九寨溝でバスのガイドをしていたそうです。

そこから日本語を勉強しに

中国の北東の方(旧満州の辺り)の大学に行って、日本語を勉強して

日本語通訳ガイドをしているそうです。


昼食はみやげ物も売っているお店でした。

ガイドさんはやはり別に食事を取るということで

席は別でした。

料理は中華料理のバイキング形式でした。


昼食後、バスに乗って左側の先端へ。

左側の先端は大きな湖でした。
ここからも右側と同様にバスに乗っては、次の湖に行き、

を繰り返しながら降りました。

途中で村がありました。

元々九寨溝の意味は九つの村の谷(溝)の意味で

昔は農業などを営んでいたそうですが、

今はみんな観光業に専念し、国から補助が出ていて

家も昔ながらのたたずまいを残さないといけないそうです。


この後、写真を撮るように中国語で観光客から声をかけられたのですが、

ガイドさんが「この人さっき日本語使っていたので日本人ですよ。」

と言われて、気がつきました。

この九寨溝で初めて日本人に会いました。

留学生のようで、他の留学生と一緒に行動していました。

四川地震があったのと、時期外れのため、日本人観光客はいなかったので

珍しかったです。

ほとんど中国人観光客でした。


時間ギリギリまで観光してました。

宿に泊まり、前日同様食堂で食事を取った後は

特に何もすることがなく、次の日は朝早いので

早めに寝ました。

相変わらず、暖房は電気カーペットのみです。

入り口受付の人も、ホテルの人が普段着ている制服の上に

防寒着を羽織っています。

中国旅行 4日目

中国旅行 4日目


11/10(月)

朝早くホテルを出発し、飛行場へ。

7時頃に到着。まずは上海から成都へ。

3時間ほどで到着。

ここで乗り換え。一度、空港の外に出て

隣の空港に乗り換るというくらい離れていた(歩いて10分ほど)ので、

少し迷いました。

1~2時間ほど待って、九寨溝行きの飛行機に乗りました。

待っているロビーでウェアが売っていました。

きっと寒いからでしょう。


九寨溝の空港の出口でガイドの女の人が待っていました。

小柄で結構流暢に日本語を話されました。

運転手に乗せてもらってホテルに向かいました。

ガイドさんは、回族(かいぞく)だそうです。

運転手はチベット族の男の人。


後で地球の歩き方を読んで調べたのですが、

回族とは元の頃にモンゴルから少数民族を監視するために

来た人たちだそうです。

1時間半ほどでホテルに着きました。

4時頃だったので日はまだ上がっていましたので

ホテル近くを散歩しました。

本当に九寨溝入り口のそばで、5時に閉門になるところで

人がぞろぞろと出て来ていました。

6時頃に夕食へ。ホテルの食堂で食べました。

私一人だけで、店の人は3人だったので緊張しました。

ガイドさんは別のところで食べるそうです。

ガイドさんはイスラム教のため、肉は食べられず、

イスラム教徒専用のお店で食べるそうです。

味はそれほどおいしくないと言われましたが

それなりにはおいしかったです。

ご飯が固かったです。

後で聞いたのですが、高地のため

お湯が100℃まで上がらずに沸騰するので

おいしくご飯が炊けないそうです。


夕食後、車でチベット族の民謡などの踊りを見に行きました。

すぐに着きました。

最初は大きなフロアに一人だったのでびっくりしました。

開始間際になってぞろぞろと観光客の人が入ってきました。

始まって見ていたのですが、歌謡ショーのような要素がありました。

地元の人たちの出し物かと思っていましたが全然違いました。

演歌歌手のショーだと思えば良いと思います。

最初はまじめな感じで席の前にある杯のような器で

乾杯のようなことをしました。

私は周りの人に合わせました。

全体的に歌あり、踊りあり。ショーもありました。

ガイドさんによると衣装はチベット族のものだそうです。

後から聞いたのですが、チベット族でも

住んでいるところで衣装が違うそうです。

例えば、帽子でも九寨溝の近くのチベット族は

ロシア人がかぶる様な帽子ですが、

牟尼溝( ムーニーコウ)に行く途中の少し離れたチベット族では

三角巾をかぶっていました。


割と中国人はかわいらしいタイプの人が多く、

そのようなかわいらしい人が何人も踊っていたので

かわいらしかったです。

男はやはりイケメン系が多かったです。

ソロで歌う時は観客が花輪を首にかけに行っていました。


なかなか面白かったです。


ホテルに戻り、寝るのですが、

暖房はベッドに敷いてある電気マットのみです。