妊娠がわかる前に家を購入し、引越しが決まっていた。
夫婦で丁度いいタイミングだったねぇ爆笑と喜んでいたのも束の間ハッ

同区内への引越しだしーキラキラとかちょっと油断してたのもあったのかな。。
確か妊娠3ヶ月前後くらいだっただろうか!?

身重な私を気遣ってわざわざ両家両親もサポートで駆けつけてくれた。
ただやっぱり悪い気がして結構パタパタ動いてたら、ちょっと体調悪くなってしまい。。

やばいもやもや
なんだかお腹痛い。。。ガーン

そんなのを繰り返し、休み休み手伝うことに。

これがダメだった。そのまま休んでいれば良かったのになぁと今になって思う。

引越しの翌々日、既に主人は早々に海外出張で不在。
夜中にお手洗いにいったら、用をすませる際に月経のような違和感。何かがながれる感じ。


便器を見たら鮮血。。。。ハッ


またネットを徘徊していると、鮮血はあまりよくないようなことばかり書いてあるガーン

夜中であったけれど、不安で産婦人科へ電話(先生からも何かあれば、いつでも連絡してほしいとあったので有難かった。)
状態を伝えると、朝一番で診るから来てほしいとのこと。

そこから朝までナプキンに3日目くらいの量の出血跡。
止まったかなという兆候はあるものの不安で不安で堪らないアセアセ
安定期でも何でもないし、最悪のケースも当然ありえる。。


結果、切迫流産

あとは、前置胎盤の兆候
(最初の診察では前置胎盤の兆候とは多分敢えて言われず、胎盤が低めだからこうなった可能性あると説明される。)

よって2週間の自宅安静

引越しで上下運動(立ったりしゃがんだり)を多く繰り返していたのが良くなかったのかな。。

当時の私は知識のないのをいいことに怖いもの知らず雷というかタダのアホショック
先生の安静指示に
いやいや!そんな職場休んでらんないわもやもや今は出血も治ってるし、大丈夫でしょ!と思ってて‥

「いま大事な仕事があって、出来ればもう少し短くなりませんか?」

と、まさかの交渉をしてしまいタラー
ただ当時は職場に迷惑かけたくない一心で。。。義務と使命感で‥
今になると、命を宿してるのに何考えてるんだムキーッって思うけど。

先生は『では10日後に様子みましょう。そこで問題がなさそうであれば』と。

その代わりしっかりと自宅安静


その後、母にも来てもらい食事の買い出しや
洗濯掃除をフォローしてもらうことに。
飲み薬を服用しながら、極力動かないような日々を送るように心がけた。

それからは目立った出血もなく、一度くらい小指くらいの出血はあったけれど、
鮮血ではなかったので最初の残りが出てきたのかな?茶色に近いものが出ていた程度だった。

そして再診の結果、出社オーケーの指示に!

よかったぁぁぁあ笑い泣き

ただし胎盤が低いことには変わりないから、また異変があったら直ぐに診察にきてほしい。


え!どういうことじゃもやもや

ここで初めて前置胎盤の兆候と伝えられる。
ただ、もっと経過しないと判断できないし
まだまだ先で胎盤が奥に来ることも沢山あるから、様子をみましょう。

あとネットではあること、ないこと書いてあるから見なくて大丈夫。
きっと変に心配になっちゃうから!
一緒に経過をみていきましょう。
まだこれから様子は変化していくからね。


ってオイオイ!
そんな深刻なものなのかいアセアセ
ビクビクしながら聞いたのを覚えてます。

ただその後、仕事も普通にこなしていても
特に出血もなく胎盤も快方に向かい前置胎盤にならずに済みました。

先生は本当に優しく丁寧且つスマートで、私に寄り添いながら話を聞いてくれたこと
今でも本当に感謝しています。

こうやって穏やかな気持ちで妊娠期間を過ごせたのは、先生のおかげでもあるなぁクローバー