大宇陀へやって来たのは、何年か前から気になっていた薬草園、森野旧薬園を訪れるためです。
が、その前に、3月29日金曜日、この日は、お天気が良くなり、晴れて来たので前日に引き続き、浜寺公園散歩にやって来ました。
こちらへ来る前に染井吉野を観察して見ましたら、遅れている開花ですが、ちらほら咲き始めているのが確認出来ました~♪
いよいよ開花ですね~!
陽光桜のところまで来ると、子ども汽車の駅の前のコンクリートの上で、ツグミが一休み?していました。
派手ではありませんが、なかなか綺麗ですね~♪
目が合いましたが、全然気にならないみたいでした。
まあ、私、最近は自動扉も開かないのかも?ってくらい?存在感も、殺気もゼロですからね。
そして、再び陽光桜の観察です。
青空を背景にした陽光桜も見たいと思っていたんですよね。
こんな綺麗な青空の下で見ることが出来て、何だかホッと安心した気持ちになりました。
陽光桜の中を走ってくる子ども汽車が、何だかとっても気に入ってしまいました。
そんな訳で、少し待っていると、子ども汽車がやって来ましたよ~♪
まあ、基本、毎時10分、30分、50分のちょっと前にはやって来ます。
逆光なので空の色が綺麗に出ませんが、輝く桜と浪花号が素敵ですね。
いや、素敵ですね〜🎵
しばし、青空の下、子ども汽車と戯れます。
子供が小さかった頃は、こちらの子ども汽車に、同じ公園内にある交通遊園のゴーカートには、何度か乗りましたね〜子供は乗り物大好きですからね。
陽光桜、今、正に見頃、一番輝いている様に感じます。
そして、話を元へ戻します。
冒頭の通り、気になっていた森野旧薬園の話です。
こちらのカタクリの花が見たいと思ってやって来ましたが、結果としては、まだ、咲いているところに出逢うことは出来ませんでした。
『日本最古の私設薬草園
大和では、将軍吉宗の時代に、幕府の採薬使植村佐平次政勝による薬草採取旅行が行われました(1729年)。これに随行した森野藤助は、その後幕府から薬草6種を拝領して、自ら採取した薬草とともに、自宅の背後にある台地の畑に栽培しました。こうして始まったのが森野旧薬園です。薬園では、唐種を中心とした貴重な薬用植物の栽培が行われました。藤助に始まって、森野家は代々薬草の研究と薬園の整備に努めたため、現在でも、数少ない民間の薬草園として続いています。この当時、森野旧薬園以外にも、下市において願行寺薬園、堀池薬園などの薬草園がありました。森野旧薬園は、台地の斜面という自然の地形を生かして、植物の栽培を行っています。また、薬園の一角には、藤助が隠居してから研究に励んだ書斎兼薬草研究所である「桃岳庵」があります。』
と、出ています。
参照したのはこちらからです。↓
こちらは、ホームページです。
なかなか良い感じの門構えに、味のある字体の名板ですね。
現在も、吉野葛の製造、卸販売を本業とされています。
ちなみに、駐車場は有りませんので、道の駅の第二駐車場を利用すると良いと出ています。
薬草園の入園には300円必要です。
そして、お店の入り口で払って抜けたところがこちらです。
初めて伺いました。
園内がどんなになっているのか、ワクワクドキドキです。
これは・・・何でしたっけ?
そうそう、ハルトラノオですね~♪
まあ、ゆっくりと、順番に拝見させて頂きましょう。
順路に従って進みます。
こちらの工場(設備)は、もう稼働はしていない様に見受けますね。
吉野葛の製造工場、旧工房と出ているので、以前はこちらの設備で実際に製造していたんですね。
説明パネルがあります。
こちらは、資料館になっています。
何とも言えない美しい建物ですね。
(上の方が、少し不自然に見えますけど、資料館の屋根の上に、こちらのひさしが被っています。)
周りはこんな感じになっています。
資料館を拝見させてもらいます。
資料館の内部、2階の方の部屋です。
薬草も植物ですからね。牧野富太郎博士との関係についても説明されていました。
池大雅(いけのたいが)は、江戸時代の文人画家、書家とのこと。
さらに奥へと進み、坂を登ります。
大宇陀の町並みが望める様になって来ました。
さらに登ります。
ご近所の方でしょうか? お婆ちゃんが杖を突きながら降りて来ます。
そして、いよいよ、本日の目的 メインイベントです。
晴れて暖かいし、そろそろどうかと思いましたが・・・
目的はこちら、カタクリの花なんですけどね。
全然、咲いていません。
代わりに、セリバオウレンが咲いています。
いや、これは、これで嬉しいんですけどね。
斜面にたくさんのカタクリの葉と蕾は見られますが、花が開いている子はいませんね。
う〜残念😢です。
もう少し気温が上がらないと開いてくれないみたいですね。
セリバオウレンとカタクリの蕾≒
ペリカン?のコラボ!
線香花火🎇みたい。
もう昼も回っているので、これ以上は開きそうもありませんね。
未練たっぷりに眺めていましが、カタクリには全く通じず😆もう少し暖かくなってから、後日もう一度訪れましょう。
もう一段上の斜面のカタクリは、まだ蕾も出ていないくらいなので、4月前半から半ばくらいでも楽しめそうですね。
セリバオウレンの花が小さいので分かりにくいですが、カタクリの独特の模様の葉とセリバオウレンの競演。
こちらには、サンシュユの黄色い花が咲いています。
付け根を見ると驚き‼️ます。
江戸時代に遡ります。
そんなサンシュユ(山茱萸)なんですね。
ここでも、しばしセリバオウレンを観察してみます。
そして、せっかくなので、園内を散策して行きましょう。
ひとつ前の写真の白い建物は土蔵で、そこからこちらへと続く茶室などの建物があったと言う訳ですが、不審火災により焼失、それも割と最近の話なんですね。
残念です。
普段馴染みのある山野草園や植物園とは、また異なり、ちょっと違う歴史の重みみたいなものを感じますね。
薬草園だけあって、用部と用途、漢方名などが説明された看板になっています。
なんて看板を見ていたら見逃すところでしたが、蕾が開きかけている花がありました。
ちょっとセンブリにも似ていますかね?
名札が見当たりませんので、薬草ではないみたいですが、アマナの系統でしょうか?
福寿草もありました。
さっきと同じアマナの仲間みたいですが、勝手に生えているんでしょうかね?
こちらは、ちょうど花が咲いていました。
こちらの薬草園、歩いていると何でかは分かりませんが、自然とゆったりとして気持ちも穏やかになって来る様な気がします。
やはり、江戸時代から続いているパワーでしょうか?
こちらの建物の中に木像などがあると言うことですかね?
本業のほうでは、番頭の左兵衛がキーマンですね。
当主本人は、本草の研究に打ち込んだって?
どこかの富太郎さんにもちょっと共通している感があります。
そんな木像を見てみたいと思いましたが、中を窺い知る事は出来ませんでした。
カタクリから見ると、ちょっと早い気もしますがキランソウの花が咲いていました。
こちらは、陽当たりが良くて、暖かいのかな?
隅々までは、まだ回っていませんが、軽~く、だいたい主要部はほぼ一回りしました。
なので、そろそろ戻りましょう。
下りはちょっとだけ高度感があります。
もう一度カタクリを確認しておきます。😆
坂の途中に東屋があります。
流石に知っている山は有りませんが、熊とか経とか、東西南北に音羽と、何となく全国的にも見られがちな、ポピュラーな感じの山の名前かもですね。
桜かと思いましたが、梅です~幹の大きさからもめっちゃ古木ですね。
沈丁花の香りがします。
何か流派的なものがあるのか、ないのか知りませんが、住まいの近所にも、こんな風な独特の枝の流れに剪定されているお庭があります。
こんな感じで、見てみたかったカタクリの花ですが、桜も遅れている様に、カタクリも遅れている様でした。
陽光桜は、良いタイミングの時に見ることが出来ましたが、カタクリはまだ時期が早かったみたいです。
そんな訳で、何だかスッキリしませんね。
可能なら、もう少し暖かくなって、再度、こちらの薬草園を訪れて、カタクリの花が綺麗に咲いているところを観察してスッキリしたいものです。
今回の話は、これにてお仕舞いです。
お付き合い頂きましてありがとうございました。