3月13日 友禅 人間国宝 羽田登喜男さんの告別式でした
私が生まれて初めて羽田登喜男さんを知ったのはいつになるでしょう。
京都の呉服問屋に生まれた私の家には沢山の美術書や資料があります。私は高校大学と美術系に進学し染織、日本画を学んでいたこともありお家にある美術書を開けることも数えきれないくらい。両親からもよくお話や作品のことを聞いていました。
学生でまだ何もわからない私は「いつか羽田登喜男さんのおしどり文様の帯が欲しい」と分相応でないことを申していたことも。これまで羽田登喜男さんのいくつかの式典にも出席させていただく機会があり、それは素晴らしい数々の作品を観ることができ それは幸せなことです。羽田家と親交の深いフランス リヨン染織美術館で3月18日から羽田登喜男作品が追悼展示されるとのことです。
“羽田家の三世代”としてご活躍されているお孫さんは私の大切なお友達です。先日も食事をしながら着物の事、京都の着物のこと、織物産業のことなど話していたところだったのに。
羽田家の着物を知ったのが先か?彼女と出会ったのが先か?記憶は定かではないのですが。
とてもご家族思いで心優しい彼女の悲しみを考えるとお悔やみの言葉も見つからず、遠くから彼女の姿を見つけただけで涙が溢れてきて・・。
そして彼女の前に行った時、彼女からこんな言葉が。「まゆみちゃん何の力にもなれずごめんね」溢れてきた涙が止まりませんでした。開校した紅茶教室のことを気にかけて下さっていたようで大切なお爺様と最後のお別れの日に私にこのように言って下さった彼女に申し訳ない気持ちと言い尽くせない気持ちでいっぱいです。そのような特別で大切な日に人を思いやる気持ちをもつことが出来るなんて。適切な言葉ではないのですが、あえて彼女を偉大に思います。
彼女は、お父様とご一緒に羽田登喜男さんの遺伝子をもって才能を受け継ぎ、日本に素晴らしい伝統と美を残していって下さることでしょう。いつまでも私たち世界に日本の美を・・
そして私達から羽田登喜男さんの思い出や作品から受けた感動は消えることなく永遠に。。
ご尊父様のご逝去に接し、心よりお悔やみ申し上げますm--m
平成20年3月13日 福田 万弓
