あじさい | お茶の水女子大学日本語・日本文学コース  アシスタントblog

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お茶の水女子大学日本語・日本文学コースのアシスタントによるブログです。

お茶大には紫陽花がたくさん植えられています。

青や紫やピンクなど、さまざまな色があって、まるくてかわいらしいお花なので、この記事を書いているアシスタントもとても好きな花です。

 

ところで、「紫陽花」のように、熟語に和語があてられているものを「熟字訓」と呼びますが、この「紫陽花」は、中国ではあの青や紫やピンク色のまるくてかわいらしいお花には用いていないということはご存じでしたか?

お茶大でも非常勤講師として教えてくださっていたことのある陳力衛先生の「日中両言語の交渉に見る熟字訓の形成」『国語学』54-3によると、「紫陽花」は白楽天の詩に出てくるのですが、中国の『本草綱目』や『三才図会』などには「紫陽花」という表記の植物が見られないそうです。

では、あの青や紫やピンク色のまるくてかわいらしいお花は中国ではなんと書かれているのでしょうか。陳先生の同論文によると、『三才図会』では「繍毬花」と書かれているようです。

一方で、日本で江戸時代に作られた『和漢三才図会』では、「繍毬花」ではなく「紫陽花」という見出しがあるとのこと。

つまり、日本人は白楽天の詩にある「紫陽花」という表記を、実態がよくわからないままあのお花に使っていたのですね。

のちのち「紫陽花」は「あじさい」ではないと気づいたそうなのですが、「千年も誤用すればその表記が定着してしまう」と陳先生がおっしゃるように、日本では「あじさい」と言ったら「紫陽花」と書くのがふつうになってしまっています。

 

ちなみに、「あじさい」という花は万葉集4448にも詠まれていて、その表記は西本願寺本では「安治佐為」です。

和歌を現代の表記で書くと以下のようになります。


あぢさゐの 八重咲くごとく 八つ代にを いませ我が背子 見つつ偲はむ

(あじさいが幾重にも重なって咲くように、いよいよ久しい代までもお元気でいてください、我が君よ。見てほめたたえるでしょう。『新日本古典文学大系』)

 

そしてこの和歌の左注には、また違った「あじさい」の表記が出てきます。それが「味狭藍」です。こちらは音に近い表記ですね。

 

熟字訓は漢字を見ても読み方がわからないので、子どものころはなんでこんな風に書くのだろう? と不思議に思っていました。

大学で「紫陽花」のようなものが「熟字訓」なのだと知ったときに、「紫陽花」は中国では架空の花の名前であって「あじさい」を指してはいないということも知って、おもしろいなぁと思ったことを覚えています。

綺麗な紫陽花から思い出したお話でした。漢字にはロマンがありますね。