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今日の出来事や思ったこと

オッサンがたまのお出かけや食事、言いたいことを書き残すブログ

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豚肉と玉ねぎの串とか、椎茸とか、

うずら玉子とか、帆立貝とか、好きかな。

揚げたてを懐かしい味わいの

ビールで流し込みたい。


ところで、ビールは缶よりも瓶の方が

個人的には風情があって好きだけど、

最近では瓶ビールはあまり見なくなった。

酒屋さんか大手スーパーに行くしかないか…。

しかも、キリンラガーではなくて、

キリンクラシックラガー。

近所のコンビニで一か所販売していたけど、

最近は見なくなった…残念。

常温なら近所のドラッグストアにあるけど、

帰ってすぐ飲みたい時には我慢しかない。

ゴチャゴチャ言わずに店頭に陳列された

売れ筋のビールを飲んどけや!!

…なんて、思われるかもしれないが、

思い出補正もあるためか、つい探してしまう。





よく焼く派?ちょっと生派?

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牛肉はちょっと生でも良いかもしれぬが

豚肉や鶏肉はよく焼いて食べたい。

豚や鶏の加熱不足はリスク高いで…。

あゝ、焼肉食べたいなぁ〜。


今日は近所の映画館がサービスディなので

「雪風 YUKIKAZE」を観てきた。



佐世保で建造された雪風ですが、

呉を母港としていたので、

戦時中はオッサンの住む街が

母港であったことになりますね。

呉の雪風 佐世保の時雨」

と言われた武勲艦というか、超幸運艦。


映画では雪風艦長は1人しか登場しませんが、

映画でのモデルは5代目の艦長です。

歴代艦長の働きにより雪風は幸運艦としての

実績を積んできましたが、

最も激戦の中を指揮したのは寺内艦長かな。


艦橋天井から身を乗り出して三角定規を使い

襲ってくる爆撃機を避ける操艦方法、

そんな状態で操舵手の肩を蹴って

舵を取る方向を指示していたとか、

そういうエピソードも再現されていました。

映画としては爆弾や魚雷を受けて

戦死者がたくさん、流血シーンが辛い…

みたいなゴリゴリの戦争映画ではなくて、

ヒューマンドラマとして

観ることができるのではないかな。


オッサンは当時生きていたわけではないので

実際の雪風を見たことはありませんが

書物などによりますと、

とても整理整頓がされて清潔感があり、

他の艦艇の乗員からみると人間関係も良く

他所に比べてとても良い雰囲気だったとか。

鉄拳制裁や精神注入棒で殴打されたという

話がたくさんある当時の艦艇の中では

すごいホワイトな職場だったようです。

そもそも雪風みたいな駆逐艦は

戦艦みたいな大型艦に比べて人数も少なく

家族的な雰囲気があったのかもしれない。

なお、当時の日本の戦艦はというと…


鬼の山城、地獄の金剛

音に聞こえた蛇の長門 日向行こうか、

伊勢行こか、いっそ海兵団で首吊ろか。

 地獄榛名に鬼金剛、羅刹霧島、夜叉比叡

乗るな山城鬼より恐い。


という歌があったそうなので想像できるよね。

これに開戦後に竣工した大和武蔵

加われば日本戦艦ほぼ全部鬼とか地獄やん。


陸奥「あら、長門型2番艦の私の名は?」

(艦隊これくしょんより)


扶桑「妹の名前はあるのに、私の名前は…?」

(艦隊これくしょんより)


もし、オッサンが当時生きていて、

海軍でどこかの艦艇に乗せられるなら…

現在の目線から見れば雪風一択。

船酔いとか、狭いとか、どうでも良い。

でも不沈艦とされた大和とかに配属されたら

きっと誇らしかったんだろうなぁ…。


しかし、ただ運が良かった、艦長が良かった、

それだけでは激戦の中をほぼ無傷で

生き残ることはできなかったと思うのです。

海外の停泊地で空襲があった時に

停泊艦艇の中で最も早く機関を起動して

沖合に退避したのは幸運艦である佐世保の時雨。

そこで時雨が見たものは、

空襲があるだろうと事前に予想して

既に沖合に退避していた呉の雪風

雪風は幸運艦のさらに上を行く。

幸運艦の時雨も残念ながら

終戦を迎えることはできませんでした。

やはり幸運艦としてほぼ無傷で生き残るのは

運任せではなく、人間側の行動によるものも

あるのは間違いないと思います。

そういうところから雪風

初動がとても早い、

戦闘態勢を整えるまでが超早い、

超機敏艦と言われていたとか。

ほぼ無傷で生還するから

練度も上がり乗員間の連携も良くなる、

好循環で生還する確率がさらに上がる…。

そういう背景や予備知識を持ってみれば、

棚からぼた餅みたいに

幸運はやってくるのではなくて、

自ら動いて手繰り寄せるもの…

と考えさせられた映画でした。


南方からの復員輸送ではお産があったり、

ゲゲゲの鬼太郎で有名な

水木しげる氏を運んだり、

終戦後もエピソードは多いですね。

戦後は賠償艦となり、

その運の良さから戦勝各国は

雪風を希望したとか。

最終的には台湾が獲得して運用し、

台風で損傷した後で解体されました。

今は錨と舵輪が江田島にありますので

興味ある方は訪れてみてはいかがですか。

戦争中の軍艦なので

僚艦が沈むのをたくさん見た一方で、

生存者を多数救ったり

復員時のおめでたい出来事など、

多数の人に幸せを与えた…と言うか、

艦も人も幸運に恵まれたのが

雪風」なのですね。



好きなお酒教えて!

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夏はビールも良いですが、

冷たい日本酒も好きです。

今、出張先の大手スーパーの酒コーナーで

品揃えを見ておりますが…

気になる銘柄がいくつかある。

新潟の加茂錦、麒麟山、山梨の七賢、

佐賀の宗政、福井の梵…。

ちょっと離れた高級食材店には

富山の満寿泉…。

オッサンは思った。

炭酸が入るような保冷のできる

水筒を買えば酒が持ち運べる。

旅先で飲み残しても持ち帰りできる。

こういう水筒、買うべきか…?

普段はお茶か水を入れるんだからね!

決して、酒のためだけに買いたいわけでは

ないんだからね!





夢で故人と逢ったことある?

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年に数回あるかないか…くらい。

亡き両親とか、亡き愛犬とか、

夢であっても、逢いたい時に逢えたなら

自己満足だけど幸せではなかろうか。



昨日は愛犬ポコイが亡くなって四九日。

無事に成仏して、虹の橋に着けたかな?

先に逝ったワンコたちと再会できたかな?

それともお盆だから、こちらの世界に

もうしばらく居るのかな?

ポコイが亡くなった喪失感は大きい。

荼毘に付した日は、こんな晴天だった。

この晴天の空を昇って行ったよ。


茶々とムックを納骨しようとしていたので

ポコイも寂しくないように一緒に納骨。

自然豊かな地域の霊園ですが

ここに行けば、また逢えるような気がする。


レンタカーを借りて行ってみたのだが、

MT車であった。

なかなか乗る機会がないので、実に楽しい。

今は自動車免許取得と言えば

AT車が標準なのか?

本当にそうだとしたら、MT車の楽しみを

体験できるドライバーは減る一方か。


それから1週間後くらいに自転車に乗ってて

何かに引っ掛かり左側に転倒した。

右側に転倒してたら車に轢かれていたかも。

左側に転倒したけどコンクリート塀に

側頭部をぶつけてしまった。

速度を出していなかったのと、

ヘルメット着用していたためほぼ無傷。

シティサイクルというか、

ママチャリに乗っていた頃は

ヘルメットは要らんわ…と思っていたが

この生涯で一番ヘルメットに感謝した。

ポコイ、もしかして、

オッサンも一緒に来てくれと…呼んだか?


ところで…部屋を片付けていたら

USBメモリーが見つかった。

中は懐かしい画像だな…。

ポコイ1歳半、レオ3ヶ月の頃。

成犬になり、兄となり、

今にも泣き出しそうなパピーのレオに

寄り添うポコイの姿はカッコいいな。
他のワンコを叱ろうとすれば
立ちはだかって、守ろうとして、
決して退かない頑固さを持っていた。
犬のリーダーとして立派なワンコだった。


それから2ヶ月後。

ポコイはいろいろレオに教育したのだろう。

レオの顔も成長が見られるね。


上の画像から1ヶ月後、

もう固い絆で結ばれたか。

この頃のレオはヤンチャだったような。

モノを壊したり、ポコイの眼を傷付けたり。


まだまだパピーのレオは親に甘えたい年頃。

ポコイは親であり兄として接したのだろう。
レオにとってポコイは頼れる存在だったはず。


お互い成犬になると密着することは

無くなったけれど程良い距離感で

過ごしていたね。

まだポコイとレオしかいなかった頃の

日光浴を楽しむ画像。

懐かしいなぁ…。


今頃は再会して、このように仲良く

過ごしてくれていたら良いなぁ。

たまには、オッサンの夢にも出てきてね。



別府に出張してましたが、帰って来ました。

日曜日にはJ艦が岸壁に接岸してて、

護衛艦かが、すごい数の見学者。

旧海軍の時代、

旧国名を持つ艦名を与えられたのは

大艦巨砲主義の主役である戦艦。

現在、旧国名を与えられた現役の

護衛艦は確か4隻。

責任の重さとか期待の大きさがうかがえる。

土曜日には艦内見学できたみたいだけど、

日曜日は外から見るだけだったのが残念。

デカ過ぎて写真に全体が入らねぇ。


F-35とかいう戦闘機が搭載できるので

空母並みに大きいな…。

でも、アメリカの空母は

もっと、もーっと、たけもっとー、

大きいみたいですね。

大型護衛艦を建造して

その姿を見ていると、

安心感とか心強さを感じますが…、

戦時になったら

敵の潜水艦は密かに忍び寄り

気が付かないうちに

魚雷やミサイルを複数撃ち込んできて

姿をくらますことでしょう。

そのようなことなく無事に

退役する日が来ることを願っております。

結構離れて、ようやく全体像が撮れたで。


別府には東京タワーや通天閣に

匹敵するであろう観光名所の別府タワー。

昭和32年完成というから

日本のタワー6兄弟の3男だね。


ここまで生え際がハッキリしている

山は初めて見たわ。


もうすぐ海だけど、温泉の水か知らんけど、

意外と清らかな川の流れ。


ずっと昔、竹瓦温泉に入浴したことがある。

夏は入浴してもすぐ汗かくから、

今回は行かなかったが、

冬ならば温泉に入浴したであろう。

ここ以外にもたくさん風呂屋があった。

小さな営業しているのか分からないような

穴場の入浴施設もたくさん。

きっとそれぞれ個性があるのだろう。


石原裕次郎。

こうゆう大人になりたかった。


昭和を感じる商店街だな。


大分はやっぱり焼酎が有名だし、

品揃えも多いね。


昭和をある程度生きた世代の方は

いくつか見覚えのある看板があるのでは?


農機具倉庫や民家の壁に貼ってあったよね。


前回の記事で書いた居酒屋さんの

店内看板もそうだ。

今日まで残っている企業は

いくつあるのだろう?


懐かしさに浸れる街、温泉に浸かれる街、

それが別府。


大分でやり残した事というか、

残念だったことことがある。

献血で47都道府県を目指しているオッサンは

予約なしで大分県の献血センターに行った。

しかしながら、成分献血は予約がいっぱい。

別の日は仕事が長引いて予約時間に

間に合わず残念ながらキャンセル。

あゝ、あと10日ほど前回の献血が早ければ。

成分献血だから献血センターに行くしか

献血することができなくて。

大分県には献血センターが1ヶ所しかなくて、

しかも大分駅から離れた場所にあるのが

ちょっと残念。

暑い季節には駅に近いと助かります。

実際に行った時は25km以上歩き回った。

献血以外にもいろいろ行ったけどさ。
熱中症のリスク覚悟で半分以上の行程を
徒歩で往復したから…
悔しいです!


ある日は大分の地酒、ちえびじんを飲んだ。

オッサンの住む街にもある、

ゆめタウンやセブンイレブンで売っていた。

純米酒ですが旨かった。

純米吟醸とか純米大吟醸だと香りも良いはず。


調子に乗って海辺に座って

お茶代わりに飲んだ後、

立ち上がると足元がふらついて

海に落ちそうになった!…危ねぇ…。

良い子のみんなは海辺や駅のホームなどで

お酒を飲むのは危険だよ。

絶対マネしたらダメだからね!

(良い子が酒飲む時点でアカンがな)

(大人でもお茶代わりに飲むのもどうかと)


好きなかき氷の味は?

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白い氷に赤が映えるイチゴシロップの

イチゴ味。

しかし、かき氷にカルピス原液をかけても

美味そうだと思ってカルピスを買ってきた。

残念ながらかき氷機はないので

普通に飲んでいる、この瞬間。


今日は、先月亡くなったポコイの月命日。

あれから1か月経ちますが、

オッサンは心に穴が空いたような、

最後に残された犬のライは分離不安。

ポコイは偉大な存在だったと、

改めて感じている毎日です。