戦跡を訪ねて 青葉 | 今日の出来事や思ったこと

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オッサンがたまのお出かけや食事、言いたいことを書き残すブログ

8月になりました。

この時期になりますと、増えるものがあります。
平和について考える機会、というものです。
今月は広島と長崎の原爆、終戦と日本人の忘れてはならない過去があり、全国各地で慰霊祭が行われます。
オッサンの住む街もかつては東洋一の軍港とされていた場所であり、空襲もありました。
であるからには、民間人を含めて多くの将兵が犠牲になったことでしょう。
慰霊の旅。
上皇さま、上皇后さまも戦没者慰霊にとても熱心でありましたし…オッサンも出かけてみよう。
有名どころは組織や地元住民にお任せするとして、オッサンも行ける範囲で。
 
熱中症に気を付けて…では、出発!
 
まずは呉市警固屋にある巡洋艦青葉終焉之地。
今、青葉というと京アニの事件が思い出されますが今回は関係ありません。
ただ被害者の方々に哀悼の意を表するとともに、負傷して治療中の方々には早期回復を願っております。
さて、オッサンの住む地方では本日放送されるんですが、「この世界の片隅に」で水原哲が乗っていることになっています。
この石碑の文字は中曽根康弘元総理の揮毫で、実際に乗組経験があるそうです。
 
昭和19年10月フィリピン沖でアメリカ潜水艦の魚雷を受けて呉に帰港したものの、修理の見込みが立たないので砲台として留まっていた。
昭和20年7月24日と28日にアメリカ軍の空襲を受けて大破着底し、民間人にも被害者が出た。
戦争の事実と、平和の尊さを伝えるために碑を建立した。
以上のようなことが書かれております。
 
戦歴表を見れば、数多くの戦場に向かったことが分かります。
何度か損傷しながらも、沈没することなく生還したみたいですね。
最後の方は燃料不足により行動できず、修理の資材も不足したため、沈没しても沈み切らない浅海に砲台として係留されたのでしょうか。
 
この石碑がある位置がまさに昭和20年に青葉が損傷し、存在していた場所なのかもしれません。
現在のこのような穏やかな風景がいつまでも続きますように…。
 
オッサンなりの慰霊を済ませた後、上の道路に出て次の目的地へ向かいます。
 
つづく