Skype、ノルウェイの森 | ほうれん草とビール

ほうれん草とビール

日々のつれづれ、読んだ本、聴いた音

年末年始の実家への電話料金が腹立つほど高くついたので(工夫をしていなかった僕が悪いのだが)、Skype導入を決めて1週間。やっと実家のPCにインストールできて通話も成功した。

親父はPCはたくさんもっているが携帯すら使えない人間なのでインストール時の遠隔誘導が大変だった。
散々ソフトのインストーラの悪口をたれていたが、ひとたび通話が成功するとそれまでの不満はふっとんでしまったようだ。

音質もすばらしい。固定電話よりもそばにいるような感じだ。チリチリという雑音はあるものの、低音がよく通っている。

僕は自堕落なことに昼にワインをひさしぶりに呑んだら、それほどの量を消費したわけでもないのに頭痛に襲われていて結構しんどかった。インストールがうまくいかないので実家でもいろいろ試してもらっている間は気分が悪くて「ノルウェイの森」の下巻を読みながら休んでいた。で、最後になんとか通話が成功したので僕のほうの頭痛もふっとんだ。しかしなんにしても、もう酒はだめのような気がする。

このエントリの直前に苦労とは、という話を書いていたのだが、内容は微妙に違えど「ノルウェイの森」に努力と労働の違いという、僕にとっての苦労の定義とかぶるような、意味深な話が載っていた。

永沢さんという人がいて、主人公と同じ寮に住む野心満々の青年の話なのだが、自分は努力しているがほかのやつらは労働しているだけなんだと言っているせりふがあった。この人は運命に翻弄される人々の人生というのを無視して生きているような感じがするのだが、現実にこういう人たちが結構いる。というか僕もよくそうなる。

この世を安直に決め付けたくはない。もっと深い流れを知っていきたいし、それをほかのひとにも伝えたい。