(前回からの続き)
結局春の大会は1回戦負けで終了。
秋の本大会に向けて、来る日も来る日もひたすら練習が始まった。
その後、喧嘩したキャプテンの先輩とは、手を出さなかったがちょくちょく衝突していた(^^ゞ
チーム内の雰囲気は悪かった。
嫌気がさして同級生も辞めて行った。
ラグビーは15人でやるスポーツなのに、新1年生を加えても17人しかいなくなってしまった。
でも、ボクはどこ吹く風だった。
夏休みに入ったばかりのころ、土砂降りの中で練習が行われた。
ぶつかり合い、密集になった時だった。
右足首に経験のしたことのない痛みが走った。
泥だらけのまま学校近くのそこそこ大きい病院に担ぎ込まれた。
診断は「右足首骨折」。
目の前、真っ暗Ω\ζ°)チーン
ボクが通っていた学校は自宅から電車で1時間くらいの距離だったため、医師からは「このまま入院しても良いし、自宅からの距離もあるから、今日のところは応急処置だけして、近所の病院で診てもらっても構わない」とのことだった。
ボクは後者を選んだので、顧問の先生の運転する車で自宅まで送ってもらった。
家に着くと、両親はとても恐縮していた(^^ゞ
なんとかシャワーを浴び、食事を済ませ、床についた。
だが、痛みで眠れない。
恐る恐る応急処置のギプスをほどいてみてビックリ!
なんと足首全部、それこそ足の指先、足の裏まで紫色に内出血している!
翌朝、母に付き添ってもらい、近所の大きな病院に行き、診察をしてもらった。
すると、
「レントゲンで診ただけだけど、折れ方がかなり酷い。あと、靱帯も切れている可能性が高い。いずれにしろ、腫れがもう少し引くまで入院して、精密検査が必要です」と言われた。
即入院。
まいったなー、いちばん楽しいと言われる高2の夏を病院のベッドで過ごす????
そんなことを思いながらも、母は入院手続きをしてくれて、病室の大部屋に案内された。
おっちゃんばっかり(^^ゞ
覚えている限りでは、腰を痛めていた豪快そうな元炭鉱堀のTさん、アキレス腱を切っちゃった大工のSさん、インチキ金持ちおじいちゃんのIさん、椎間板ヘルニアで手術待ちの大人しそうなSさん、人工股関節手術をした礼儀にうるさいKさん、そんな感じだった。
今、思うと、このときが初めて社会に出た感じがする。
このおじさんたちに徹底的に、色々としごかれた(^^ゞ
もっとも「しごかれる」くらいボクも至らないガキだった(苦笑)。
数日後、精密検査を受けた。
「右足腓骨(外側の踝)複雑骨折」「右足首左右靱帯断裂」
という診断だった。
ボクの主治医になってくださったドクターは、色々なスポーツの大会のドクターとしてサポートをしているような方だった。
そんなドクターからの提案は、ギプスによる固定保存治療ではなく、折れた骨をビスで留めるとともに、断裂した靱帯も切開して縫合する手術だった。
後者の方が治りが早く、リハビリにも移行しやすいとのことだった。
確か、珍しく両親揃ってドクターの話を聞いた覚えがある(^^ゞ
両親は手術に対して一抹の不安があったようだが押し切って手術することにした。
そして、手術前日に事が起こった。
続く