Appassionato -19ページ目

セミナー発表

昨日は、セミナー発表でした。
D論に向けての中間発表的な感じだったのですが、
とりあえずボコボコにされることまなく・・・といってところでした。
今週末はとりあえず一休みして、
また来週から一生懸命やりたいと思います。

読書

趣味の一つに読書を挙げておきながらブログで一度も触れたことがなかったので
最近読んだ本の感想を簡単に書いておきたいと思います。

安倍公房「他人の顔」
とても面白かったです。
顔にひどいやけどをおって醜い顔になってしまい、
妻からも相手にされなくなった主人公が、
仮面をつけて妻を誘惑することで復讐を果たそうとする。
成功したかと思われたのですが、実は妻は気づいていた。
夫の優しさと思っていた妻は、主人公からの長い復讐の手紙を読み、
「自分のことしか考えていない」と去って行ってしまう。
主人公は妻を探しに出かける・・・というところで終わります。
顔が変わったことで、妻など周りの人の反応のみならず
主人公自身の人格までも変わっていってしまうのが面白いです。
おもしろいのですが、難しい。
大江健三郎の解説によれば、
細部に至るまですべて計算ずくなのだそうですが・・・
しかし、顔が完全に変わってしまっても、
以前と同じ人として、以前と同じように愛せるのでしょうか・・・

宮台真司「14歳からの社会学」
自分が幸せな結婚をしたからって言いたい放題です。
例えば、「仕事に生きがいを求められるのは一部の人だけ、
だから普通の人は人間関係の中にこそ居場所を求めよう」
「男が女から承認されるには、女の子を理解してあげなければならない」
みたいなことを言っているのですが、
「・・・だからそれが難しいんだって!」と言いたくなってきます。
女の子を理解してあげるにはどうすればいいのかわからない男が多いから、
これだけ未婚化が進んでいるんでしょうに。
理解しようとしても逃げて行ってしまうときにはどうしたらいいのでしょう?
また、仕事に生きがいを求めすぎるという指摘には全く賛成ですが、
そのように教育を受けてきてしまった人はなかなか意識を変えられないのです。
さらに、社会は誰が作ったのかわからないように設計されなければいけない、
という考えも恐ろしい気がします。
著者は徹底的に「承認」という問題にこだわりますが、
具体的にどうすれば良いのかはあまり明確ではありません。
そのことで、今現在「承認」を得られていないと感じている人は
とても不安になると思うのですが・・・
とはいえ、大変面白い本ではありました。

養老孟司「バカの壁」
かなり今更感がありますが・・・ブックオフで100円だったので。
あまりまとまりのない本なのですが、
基本的には一元論というか原理主義に対する批判だと思います。
では、それを超えるにはどうすればいいのか・・・
著者は「客観的事実が存在する」という考えを批判していますが、
それはおそらく「客観的事実、絶対的正義」みたいな考えは原理主義へと
つながるものと捉えているからだと思います。
しかし、「客観的事実」が存在し得ないとしても、
なるべくそれに近づこうと努力することが必要なのではないでしょうか?
そうでなければ「バカの壁」の中から出られないと思うのですが・・・

加藤秀一「『恋愛結婚』は何をもたらしたか」
タイトルから想像するのとは違い、
基本的に国家・権力の側からの優生思想の押しつけに対する批判です。
それは良いのですが、優生思想と恋愛(結婚)との関係が今ひとつはっきりしません。
少なくとも僕には。
おそらくこの点こそが本書のオリジナリティのはずなのですが・・・
「上からあからさまに強制するのではうまくいかず、
自発的に行動していると思わせつつ実はうまくコントロールしている
というのが権力の側にとっての理想であり、
恋愛(結婚)という私的、内面的なものを
優生思想のいわば隠れ蓑として利用していた」
ということなのでしょうが、
その部分についての考察は不足しているように感じました。
ところで、この著者自身は結婚していないのでしょうか?
もし、美人で健康・聡明な女性と結婚して元気な子供もいるというような
「幸せな家庭」を築いていたりしたら本の主張の方はどうしてくれるんだよ!
などと余計なことを考えてしまいました。

デートの後日譚

以前の記事に、初デートで嫌われてしまったこと、
そして、何が悪かったのかを聞いてみたことを書きました。
その記事では返信をもらえなかったと書いたのですが、
実は記事を書いた後に返信を頂きました。

内容を簡単にまとめると、
「僕が緊張しているのがわかり一緒にいてつらかった。
会話の話題を探すのが面倒になってしまった。
もう少し自然体で自分のことを話さないとどんな人かわからない。」
という感じで、まあ、散々な言われようでした。

もしまたチャンスがあったら気をつけたいと思います・・・。
とはいえ、こういうのって、もろに人間性・人格が出てしまう気がするので、
あまり自信はないです。正直なところ。

自分のことと言っても、話すほどのことなんて特にないんです。
研究の話をしろと言われればそれはできますけど、
必要以上にそんな話をしたってつまらないでしょう、興味のない人には。
横道にそれますが、昔「高校教師」で、桜井幸子が生物教師の真田広行に
「ペンギンの話が聞きたい」と言っていたのが印象に残っています。
ドラマのテーマには何ら重要でない部分でしたが。

それはさておき、だからせめて相手の話を聞こうとはしたんです、一生懸命。
実際興味を持って聞いたつもりだし、
話が広がっていくように質問を考えたりもしました。
でもそれは見当違いの方向に進んでいたのでしょうか。
あるいはそんなことは無意味なのでしょうか。

僕のような人は一体どうしたら良いのでしょうか。

道を聞かれる

昨日、大学の小さな門のそばで道を聞かれました。
20歳くらいの女の子二人づれで、ちょっとかわいかったです。
「大学の本部第二棟ってどこですか?」
『本部なら確かあの辺にあったような気がするけど、
あれは第一なのか第二なのかなんて知らないな・・・』とか思いながらも、
とりあえず僕の記憶にある本部の場所を説明しようとしたのですが・・・
うちの大学、建物が入り組んでてうまく説明できないんですよ。
それで、とりあえず近くまで案内しました。
「あとは、あの太い道路を右に行けば、右手に見えますから・・・」
みたいな感じで案内終了したのですが、
ちゃんと最後まで案内すれば良かったかな。
後で地図を確認したら、第一と第二は隣り合った建物みたいで、
多分僕の案内で大丈夫でした。

みなさんは道を聞かれること多いですか?
僕は比較的多いような気がするんですよ。
少なくとも聞いたことよりはずっと多いです。
多分、入り組んだ大学にいるからだと思うのですが・・・

そういえば、数年前に学会でイタリアの小都市に行ったとき、
イタリア人から道を聞かれたことがありました。
そのときも女の子二人づれでした、たしか。
もちろん、教えてあげられませんでした。
むしろ、僕の方も迷子でした。
なんでイタリア人と思われたのか、未だに謎です。

なんか、まとまりのない文章になってしまい申し訳ありませんでした。

Power Point vs. Keynote

セミナー発表用の資料を作ってます。
今回、少しまとまった話をするので、昔の研究の話も入れる予定です。

ところが、昔の発表資料はPower Pointで作ってあって、
最近のはKeynote(Appleが作ってるPower Pointみたいなやつ)で作ってあるんです。
Keynoteの方がきれいに作れるから乗り換えたんですね。

Power Point上の絵とかをそのままcopy & pasteでKeynoteに持ってくると画質が悪くなっちゃうんで、
もとの絵のファイルを探して開いて、そこから作り直さなくてはなりません。
めんどくさ!