トラウマ・恐怖症からホラーまで

 

おもしろかったです。恐怖の正体に迫る、というより精神科医・春日先生の「恐怖をテーマにしたエッセイ」です。

 

『本書は、恐怖について、さまざまな切り口で考察を試みようと悪戦苦闘した産物である。』そのまんまの内容の本です。いろいろな作品などを紹介しながら、恐怖を分類して語っています。だけど恐怖というのは『個人の感性やこだわりに依存している部分も大きく、一般論がなかなか通用しない』ので、一筋縄ではいかないんです。そこがおもしろいです。

 

こんな考え方や感じ方があるのか、と知ることができるのがおもしろいです。

 

例えば、第二章「娯楽としての恐怖」で紹介されている、実話怪談作家のある作品。感性の鈍いわたしには、(リアリティはないけど)よくできたハナシだよね、という感想しか持たなかったんですけど、春日先生はいろいろなことを感じ取っているんです。春日先生が感じたことを読めば、いわんとしていることは伝わってくるんです。だけど作品からそれらを実感することができないんです。

 

そこがわたしにはおもしろいです。当たり前ですけど、恐怖の感じどころって本当にひとそれぞれでなんですよね(春日先生とわたしの恐怖のツボはあまり重なっていないようです)。

 

『恐怖小説の読者は本当に恐怖を体験したいと望んでいるのか、そこに疑問がある。(略)希求しているのはあくまでも恐怖に似たもの、いわば「恐怖もどき」であろう。』

 

春日先生は「娯楽として提供される恐怖は、恐怖のまがいもの、カニカマみたいなものである」といっています。うまいこといいます。まれにカニカマだと思ったらカニだった、なんてこともありますけど。

 

カニといえば、春日先生は甲殻類が苦手なんだそうです。食べ物としてというより、存在が苦手なんだそうです。カニへの恐怖を書き連ねているのを読んでいても、いわんとしていることは伝わるけれど、やっぱり実感として伝わってこないんですよ。わたしはカニに特別な嫌悪感を持っていないですから。

 

そこがおもしろいです。

 

わたしとはちがう恐怖のツボを多く持つ春日先生ですけど、同じツボだったのは、

 

『ザ・バニシング -消失-』
スタンリー・キューブリックが「これまでに観たすべての映画の中で最も恐ろしい」といったとか……。ホントに恐ろしい映画です。思い出しても恐ろしい。

 

『籠の中の乙女』
春日先生が「ここ十年くらいのあいだに見た映画でもっともグロテスクだと思った」というこの作品。美しい映像と静かな狂気。気に入ったら同じ監督の『ロブスター』もどうぞ。(どちらもアマプラで観られます)

 

シャーリイ・ジャクスン『ルイザよ、帰ってきておくれ』
これもいやな作品。シャーリイ・ジャクスンは本当にいやな作品を書きます(『丘の屋敷』『ずっとお城で暮らしてる』)。心理的ないやさ。ひとごととは思えない狂気や残酷さ。本当に素晴らしい。

 

どれもわたしは好きですけど、「恐怖は個人の感性やこだわりに依存している部分が大きい」ので、だれもがこれらの作品から恐怖を感じるわけじゃないです。ひとの感想なんて当てにならんのですよ。恐怖は作品のなかにあるのではなく、それを感じるひとのなかにあるのですから。そこがおもしろいです。